身体のチカラ › 2025年05月23日
2025年05月23日
運動と腸内細菌

トップアスリートと言われるような、選手たちが日常の身体的なトレーニングだけでなく、食事を含めた総合的な視点で様々な工夫をしていることは多くの方がご存知かと思います。
そのような中、近年注目を集めているのが腸内細菌のコンディションを整えることで、高負荷トレーニングによる免疫力の低下の軽減や、脳腸相関の考え方を利用した試合前のプレッシャーによる悪影響の軽減など、アスリートならではの「お腹の健康」というアプローチの仕方も色々な工夫がなされています。
また、スポーツと腸内細菌との関心は更に高まりつつある中で、2019年にはイギリスの医学雑誌Nature Medicineで、ボストンマラソンに参加した選手の腸内にVeillonella属類の細菌が増えているという研究結果が紹介されたり、アスリートや運動習慣のある人ではそうではない人に比べて腸内細菌叢の多様性が高い傾向にあることを示唆するような報告も増えつつあります。
一般的に健康でない人では腸内細菌叢の多様性が低いことから、健康を維持するためには腸内にいろいろな種類の菌がバランスよく住んでいる環境が重要だといわれています。 そのため、 運動が腸内環境に良い影響をもたらす、あるいは腸内環境を整えることで運動パフォーマンスの発揮や向上につながることが期待されています。
国立スポーツ科学センター研究員の谷村祐子氏によれば、アスリートと言われる人の多くは日常的なトレーニングなどによって、身体への運動ストレスが多く、その結果コンディションを悪化する方も少なくありません。日本のナショナルチームに所属するアスリートを対象とした研究でも、身体状態が良いと感じているアスリートは便秘や下痢などが少なく、良くないと感じているアスリートと比べて、 Faecalibacterium 属の量が有意に高いという報告があります。
Faecalibacterium属には抗炎症作用があることがしられており、運動による炎症を抑えている可能性も示唆されており、持久系のアスリートに多く存在しているという報告もあるようです。
また、運動習慣のない健康な20~60代の成人男女を対象とし、会話しながら運動ができるような強度の自転車エルゴメータ運動を8週間行うという実験では、腸内細菌叢と短鎖脂肪酸に加えて、トレーニング後の全身持久力の指標である最高酸素摂取量(VO2peak)の推移を観察していった結果、腸内細菌の多様性の指標である菌の種類の数の優位な増加がみられるという結果が報告されています。
更に、トレーニングによるVO2peakの変化量においても、変化量の小さいグループでは、VO2peakの増加量と腸内細菌の種数の変化量に有意な相関が見られたという結果となり、トップアスリートのような高負荷のトレーニングのケースとは異なるかと思いますが、適度な運動負荷が腸内細菌の多様性を高めることにもつながると言うことも出来ます。
さらに、VO2peakを増加させるメカニズムについても、腸内細菌中のBacteroides属の割合が高かったり、酢酸やプロピオン酸などの短鎖脂肪酸との正の相関が有意であることからすると、一般人の持久力の向上にもやはり短鎖脂肪酸の関与の大きさを示しているのと同時に、トレーニングによる持久力向上が、トレーニング前の腸内細菌の状態や、トレーニングに伴う腸内細菌の変化が影響を与えている可能性が示されたともいえます。
運動と腸内細菌が相互に影響し合うことが明らかになりつつあるなか、今回のような腸内細菌の多様性等の状態がトレーニングへの適応に関与に関する研究事例が進むことで、今後、個人の腸内細菌叢の特徴に応じたトレーニング戦略が、持久力や運動パフォーマンスのさらなる向上につながるという考え方が広がり、アスリートにとっても腸内細菌叢の改善が、健康や体調の維持、 運動パフォーマンスの向上のための欠かせない選択肢の一つになるのかもしれません。