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2025年03月07日

腸内細菌叢とメンタルヘルス「パーキンソン病に関する研究事例」




 メンタルヘルスと腸内細菌叢との関係については、脳腸相関に関する研究事例の多さとともに関心が高まりつつあります。
 また、様々な研究事例の中で、メンタルヘルスに関わる多くのケースに於いて便秘や下痢などの便性異常が認められていることからも腸内環境を整えるという逆説的なアプローチによってメンタルヘルスに対するアプローチについての研究も進みつつあります。

 また、神経変性疾患の一種であるパーキンソン病について、世界では400万人以上の罹患者がいると言われており、快感や意欲、運動調節などに関係する脳内ホルモンのドーパミンの減少や動作緩慢などの運動症状をはじめ、自律神経機能障害、睡眠障害、うつ病、認知機能障害などの非運動症状があることで知られている疾患です。

 また、多くの場合、 運動症状よりも非運動症状の方が患者のQOLに対する重大な影響を及ぼしているとも言われており、なかでも特徴的な症状としてパーキンソン病患者の約半数が便秘を患い、 57~67%が排便困難を経験しているとの報告もあります。

 また、便秘がパーキンソン発症リスクを2倍にする可能性が示されており国際パーキンソン病・運動障害疾患学会では、便秘をパーキンソン病期の調査基準の前駆症状マーカーの一つにもしています。

 さらに、腸内細菌叢の状態ということからすれば、腸内細菌叢のディスバイオーシスとの関係性が示唆されており、パーキンソン病患者の30~50%の小腸内細菌増殖異常症の症状が見られるという報告もあります。

 パーキンソン病における細菌叢への介入に関するエビデンスに関しては、現在のところ不十分とされているものの、 プロバイオティクスが、細菌叢構成を変化させ、消化器機能を改善し、パーキンソン病に対しメリットをもたらす可能性のある有用なツールとなり得るという仮説のもと、上海交通大学医学院附属瑞金病院 神経内科 神経科学研究所アソシエイト・リサーチフェローである楊 曉東氏によるバーキンソン病患者を対象に実施した、プロバイオティクスの介入研究をご紹介させていただきます

 便秘を有するパーキンソン病患者を対象に128例の被験者に対しプロバイオティクス群またはプラセボ群に無作為に分類した無作為化二重盲検プラセボ対照試験において、 臨床応答、 腸内細菌叢、そして便中代謝物に対するラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株摂取の影響を2週間のベースライン期間および12週間の摂取期間での状況に対して、消化器症状、その他非運動症状、 腸内細菌とその代謝物の変化について調査したものです。

 ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株12週間摂取の結果、 非運動症状評価尺度 (NMSS) スコアによる評価法では、非運動症状の改善が認められ、うつ病および不安評価尺度に関するスコアの低下につながったということが示されたと同時に、摂取後、プロバイオティクス群では血漿中L-チロシン濃度が上昇し、その変化はプラセボ群よりも顕著に高いという結果になりました。

 L-チロシンは、タンパク質を構成するアミノ酸の一つでドーパミンやノルアドレナリンの前駆体の働きをすることでドーパミンの原料となると考えられています。
 また、ドーパミンは、ストレス状況下でも気分が改善したり、注意力が散漫になるのを防いだりし、幸福感をアップさせてくれるホルモンとして知られており、気分の安定やモチベーションの維持に役立つホルモンです。

 つまり、L-チロシン不足で、適切なドーパミンが産生されず無気力になってしまったり、うつ症状にもつながってしまうのです。

 今回の実験では、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株摂取後、プロバイオティクス群では血漿中L-チロシン濃度が上昇し、その変化はプラセボ群よりも顕著に高いということが明らかになりました。
 このことは、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株の12週間の摂取が、幸せホルモンのひとつであるドーパミンの前駆体であるL-チロシン濃度の上昇につながることで、パーキンソン病患者のメンタルヘルスに関する問題を軽減し、全般的な生活の質を改善させる可能性があることを示唆しています。

 脳腸相関という考え方が進むにつれて、メンタルヘルスとプロバイオティクスの関係性は益々関心が高まりつつあります。
そのような中での今回のようなアルツハイマー病とプロバイオティクスの関係についての知見によって、予防医学としての日常的な生活習慣につなげることも出来ることのひとつなのかもしれません。



  


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2025年02月28日

プロバイオティクスは、お腹の中でどうなっているのか




 健康の維持増進のために、「腸活」と積極的に取り入れるという方も多いのではないかと思います。その中でも、よく耳にするのが乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスや、腸内細菌のエサと言われるプレバイオティクスの活用です。

 その中でも、プロバイオティクスの継続的な利用については、多くの方が実践しているかと思いますが、「生きて腸まで届く・・・」というような、表現についても、疑似胃酸や疑似胆汁酸の中での生存の確認であったり、便中に摂取したプロバイオティクスが遺伝子的に確認できるかということが中心で、それぞれの消化器官の中での細菌叢の分布や代謝に関わる状況についての調査報告はほとんど行われていないのが現状です。

 そのような中、内視鏡を用いたプロバイオティクスの腸管内での状態についての調査研究が弘前大学の珍田大輔准教授らとヤクルト中央研究所の共同研究によって行われた事例をご紹介させていただきます。

 この事例においては、健康成人男性7名を対象にラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株を400億以上含む発酵乳 と、ビフィドバクテリウムブレーベ・ヤクルト株 120億個以上を含む発酵乳の2種類のプロバイオティクスを含んだ飲料を飲んでいただき、小腸の一部である小腸から大腸に繋がる回腸と言われる消化管内の腸液を回収し分析するという方法によって行われました。

 この二つのプロバイオティクスについては、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株が酸素があってもなくても増殖できる通気嫌気性菌であることに対して、ビフィズス菌は偏性嫌気性菌で酸素を嫌う性質であることということで消化管内での分布状況は異なるとされていますので、それぞれのプロバイオティクスの単独飲用のケースと同時飲用との3つの事例についての検証を行っています。

 調査の結果、乳酸菌に分類されるラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株400億個以上を摂取したケースでは、回腸末端部の回腸液中で、摂取したプロバイオティクスが最大で9割と超える高い占有率であったことと同時に、この占有率が数時間維持されていたという結果となりました。

 また、ビフィドバクテリウムブレーベ・ヤクルト株120億個以上摂取した場合についての回腸液中の占有率も、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株を摂取したときほどの高水準では無かったものの6割から高い被験者で9割となり、さらに同時飲用のケースでは、占有率としての高水準と維持しただけでなく、わずかではあるものの残存生菌数の双方のプロバイオティクスにおいて単独時に対する向上が認められたのです。

 プロバイオティクス株の摂取量に対する回腸末端での生残率の平均はいずれも8%程度という結果ではありましたが、生菌数として10億個以上の菌体が回腸末端まで到達したことが明らかにされたのです。

 今回実験に利用した二種類のプロバイオティクスに限ってということにはなりますが、摂取後の回腸内での高い占有率が一定の時間維持されるということが解明されたということで、様々な常在菌が存在する環境において経口摂取したプロバイオティクスが回腸末端まで到達し、宿主細胞を継続的に刺激する可能性が示されたということになります。

 特に回腸は、小腸の一部で、空腸に続いて大腸に続く部分になりますが、胃や十二指腸で消化された食べ物をさらに分解し、栄養素を吸収するという身体にとっても重要な働きをする器官とされています。
 
 さらに消化吸収だけでなく、回腸下部にはパイエル板と呼ばれる病原体や有害物質を撃退する役割を担っている免疫器官も多数存在していることからすれば、摂取したプロバイオティクスによる継続的な刺激が健康の維持増進に大きな役割を果たすことについての、裏づけのひとつになるのかもしれません。

  


2025年02月14日

マイクロプラスチックとリーキーガット




 マイクロプラスチックに関する社会的な課題については、生物への影響というような生態系に関する環境問題から、人体からの検出事例の報告が上がり続ける中で、人体の影響に関する健康リスクへと広がりつつあります。

 日本国内においても、2024年2月に東京農工大学の高田秀重教授らの研究グループによって、人の血液から1000分の1ミリ以下の微細なプラスチックが検出されたという、国内では初めての研究事例の報告がなされています。

 海外では、既に脳をはじめ様々な臓器からのマイクロプラスチックの検出事例が報告されており、認知症をはじめ多くの疾患との関連性に対する研究も多くなり関心の高さが伺えます。

 高田秀重教授によれば、プラスチックは環境中で非常に細かくなっていくことで、「粒子を取り込んだ魚などの海洋生物の食事による摂取」、「大気中に舞っている粒子の呼吸時などの吸引」など、様々な過程を経て、体内に摂取されている可能性があると指摘しています。

 更に、「プラスチックに含まれる添加剤の中には、人の健康や生殖に影響を与えるような成分が含まれている。細かくなってマイクロプラスチックになっていくと簡単に溶け出して生物に取り込まれてしまうようになる。有害性の高い物質は今までも国際条約で規制が行われてきたが、プラスチックにはまだ有害性の検討が不十分な物質が無数に含まれている。このため、使用量と生産量全体の削減が非常に大事だ」とも述べています。

 世界では年間3億5300万トンあるとも指摘されるプラスチックごみですが、マイクロプラスチックということで考えれば、洗濯排水に含まれる微細な化学繊維片、走行する様々な車両にから排出される微細なタイヤ片など削減に対する課題が多いことも事実です。

 その一方で、多くの生物の消化器官には外界からの異物を取り込まないための仕組みが備わっています。嘔吐や下痢などの排泄の仕組みや消化管に集中している免疫システムなどもその一つです。

 一部の化学合成によって作られた人工添加物もそのような意味では、マイクロプラスチックと同様に、人体の本来持っているメカニズムによって体内に入り込み、血液中や様々な臓器に蓄積されることなく腸管バリア機能によって排泄されるという考え方もあるかと思います。

 そもそも腸管のバリア機能のなかに、腸管上皮細胞の隙間を密着させるという機能があるのですが、その機能に障害がおこることで、細菌や毒素が体内に流入してしまうことがあり、この現象を「リーキーガット(腸漏れ)」と呼んでいます。
 この「リーキーガット」は、皮膚や腸管などの組織に存在し、外部からの刺激や異物の侵入を防ぐ役割であるタイトジャンクション機能と言われる細胞同士を密着させる細胞接着のメカニズムによるバリア機能の不全ともいわれており、腸内細菌の乱れによっておこされているともされています

 このような、リーキーガットのような状態に陥ってしまうことで、外界からの異物であるマイクロプラスチックの体内への流入や蓄積のリスクも高まってしまうとすれば、必ずしも良いことではありません。

 このようなリーキーガットに陥る要因というものは、環境問題や食品に関わる様々なっ社会的背景によって、残念ながら高まりつつあります。その一方で、腸内環境を整えるような生活習慣を心掛けることで、リーキーガットのような症状の予防の可能性も指摘されています。

 これは、ちょうど宇宙空間での感性症予防について、無菌状態を追求していくことへの限界という課題に対して、宇宙飛行士の免疫システム低下への対策という視点を同時に取り入れ、その手段のひとつとしてプロバイオティクスを利用するのと同じ発想なのかもしれません。

 生活を取り巻く環境によって、様々な健康リスクが存在するとともに、一つ一つの要因が複雑に絡み合っています。

 そのためには、一つだけに対するアプローチだけでなく、出来ることを総合的に対処していく事が大切です。その方法のひとつに腸活を含めた腸内環境の維持向上によって健康リスクの回避につながるということであれば、今すぐにでも始められる予防手段につながるのかもしれません。



  


2025年02月06日

男性更年期障害と腸内細菌




 歳とともに更年期障害によってQOLの低下に悩んでいる方も多いのではないでしょうか、以前であれば更年期障害と言われるような症状は、女性特有のものとされていましたが、男性にも加齢やストレスによるホルモンバランスの乱れによって、更年期障害というような症状が現れるのはご存知でしょうか。

 順天堂大学医学部泌尿器科学講座の堀江重郎教授によりますと、男性の更年期障害では、テストステロンの低下により倦怠感、集中力の低下、不眠、筋力低下、体重増加などが生じ、また、精神面ではイライラ、不安感、落ち込みが見られるとされています。

 女性の更年期障害は閉経という遺伝的要因が大きいとされていますが、堀江重郎教授によれば、男性の場合、社会的環境の変化やストレスによる影響が大きく、退職、転職、社会的なつながりを失うことでテストステロンの低下を招きやすくなるというのです。

 また、症状についても個人差が大きく、まったく症状がない方もいれば生活習慣病やうつ症状などにつながってしまうようなケースもあるようなので、男性とはいえこのようなことが起こりうるということを認識しておくことは大切かと思います。

 また、動物実験の段階なので直接的な因果関係については明らかではないものの、一部の腸内細菌がテストステロンの分泌に関与しているという報告もありますので、腸内環境に対するアプローチも効果的な予防対策のひとつになる可能性もあると考えられています。

 現在の研究においては、様々な腸内細菌が産生するポストバイオティクスと呼ばれる代謝物質に注目が集まりつつあります。そして代謝された物質が身体のあらゆる機能を支えていたり、恒常性に寄与している可能性についても様々な研究が行われています。
 その様々な機能のひとつにホルモン物質の生成に関することもあるとされていることが、男性の更年期障害に対する効果と言われているのだと思います。

 また、有酸素運動や筋力トレーニングなどの運動を取り入れるような生活習慣の改善によって、テストステロンの自然な分泌を促すことも有効な手段のひとつともされています。

 とはいえ、社会的な要因が大きいとされていることからすれば、趣味やコミュニティへの参加がストレス軽減につながり、ホルモンバランスの維持には効果的であると考えることも出来ます。
 そして、社会的つながり=仕事という状態だけではなく、早いうちから地域コミュニティとの関係づくりや趣味などを通じた仕事以外の人間関係を大切にすることで、長い意味での自身の孤立につながらないような準備も必要なのかもしれません。

 男性の場合は、自分の身の回りのことが出来ないことに対して無関心な方も多い傾向があると言われています。
 
 その状態が、仕事中心の生活によって「偏った価値観でも不自由せず、周りの人たちが何とかしてくれる・・・という想い」からくるものだったとすれば、早いうちから、お腹の中の多様性のみならず、人間関係の多様性を意識しながら準備していく事も男性にとっての更年期障害の予防につながるのではないのでしょうか。


  


Posted by toyohiko at 14:52Comments(0)身体のしくみ

2025年01月24日

「我が家の味」と腸内フローラ



 皆さんには、「我が家の味」とか「おふくろの味」というものがありますでしょうか・・・?

 小さい時から食べ慣れた味というものは、どことなく安心感につながるものです。例えば、和食の代表的な献立の一つである、味噌汁やお雑煮などはその代表的なものではないかと思います。
 かつては味噌汁の違いや、お雑煮の違いで喧嘩になった・・・などという話も度々耳にするようなことあるくらいです。

 この話は、一見食文化のようの話題のように見えますが、別の見方も出来るというのです。

 「食べたものは、実は腸内細菌によってきめられている・・・」というような話を聞いたことがあるかたもいるかと思いますが、この食文化の礎を担っているのが腸内フローラの可能性があるというのです。

 ヒトを含めた多くの哺乳類の腸内フローラは、食糞や分娩時の直接的な伝播や免疫システムにも関わると言われている遺伝子情報を基にした設計図のようなもの、さらに食事の内容の3つの要素によって大きく作用すると考えられています。

 そのように考えた場合に、ヒトであれば3歳までにその人固有の腸内フローラが出来上がるということも含めて、その時の食事の影響は少なくないと考えることが出来ます。

 ご存知のように、腸内細菌もエサとなるものの多い少ないという状況によって、構成される菌株の割合が変化していきます。そのエサの元になるのは、当然のことながら食事から摂る様々な栄養素になりますので、腸内フローラも当然のように影響を受けるということになります。

 慶應義塾幼稚舎と横浜初等部で食育教育に取り組んでいます医師の菅沼安嬉子氏によりますと、「3歳くらいから子どもはいろいろなものを食べ始めるので、『我が家の味』というものを一品で良いので作ってみてください。人間には『これを食べると癒される』という味があるようです」とその人にとっての懐かしく、忘れられない味の重要性に触れています。

 更に、「我が家の味」は反抗期の癒し飯にも・・・というように、腸と心の安定についても、「思春期になるとホルモンが嵐のように体内に出てきて脳がパニックを起こします。本人もどうしていいかわからない状態になり、時には親に暴言を吐きますが、それは本人ではなくてホルモンが言わせているので本気にしてはいけません。そんな時は『我が家の味』を作って黙って出してあげることで穏やかになることもあります」とも述べています。

 更に、食べるだけでなく、食事をつくることの大切さについても、「奥さんに先立たれた時、残された男性はすぐに亡くなる方が多いですが、自分で料理を作れる人は大丈夫です。・・・」と、高齢になった時の幸福度に大きな影響を与えることにも言及しています。

 そして、「小さい頃に作った経験があると、しばらくブランクがあってもいざとなったらできるもので、子どもの頃の食育はとても大事です」とし、「働きながらの育児は忙しく大変だが、1週間に一度で良いので手作りに挑戦してほしい。」と、子どもの頃からのバランスのとれた食事の重要性について、将来の生活習慣病やがん予防との関係性についても述べています。

 ご自身の腸内フローラと大きく関係している「我が家の味」、そして、その味を自らつくることが出来ることが、長い意味での幸福度につながる・・・というような考え方も、大切ですが、一方で、「・・・しなければ」にとらわれ過ぎず、経験する、体感する場面が増えていく事で「やったことないから・・・」にならないことを大切に出来るというような軽い受け止めかたをすることで、意識し続けることが出来るのではないでしょうか。

 勿論、小さい時からいつも飲んでいた飲み物や、よく連れて行ってもらったご飯屋さん・・・のように必ずしもつくってもらったものでないものが「我が家の味」であってもいいと思います。

 こうした、「我が家の味」というような味の記憶は、単なる記憶ではなく・・・腸内フローラにとっても心地いいエサの供給源になっていることで、脳腸相関を通じて心の安定につながっていることの可能性も意識していくことをしてみたらいかがでしょうか。


  


2024年12月20日

腸内細菌によるストレス緩和・睡眠効果のメカニズムについて考えるⅡ



 前回に引き続き、ヒトの健康に対して大きな影響を与えている腸内細菌-腸-脳相関についての研究事例をご紹介させていただきます。

 徳島大学大学院医歯薬学研究部医療教育学分野の西田憲生准教授は、「ストレスそのものは悪いものではなく、ある程度のストレスは生きていくうえで必要です。」と述べた上で、一方で、過剰なストレスが持続的にかかると、心身にさまざまな症状が現れてしまうために、その改善にも睡眠は大変重要だとしています。

 徳島大学ストレス制御医学教室では、ヒトのストレス状態を反映するストレスバイオマーカー(生物指標化合物)を探索する研究をしていく中で、プロバイオティクスによるストレスの軽減についてヒトに対する臨床研究がありますのでご紹介させていただきます。

 この研究は3年間にわたり、徳島大学医学部の学生延べ140人に対して、4年生から5年生に進級する際に実施される学術試験の8週間前から試験直後まで、プロバイオティクスであるL.カゼイ・シロタ株を含有する飲料摂取群と、プラセボ飲料摂取群とに分けて実施した、二重盲検プラセボ対照平行群間による比較試験です。

 使用した、ストレスバイオマーカーとしては、ストレスがかかると分泌量が増える、唾液に含まれる副腎皮質ホルモンのコルチゾール。
 そして、睡眠の評価については、主観的指標に「OSA睡眠調査票MA版」という起床時に16の質問に答えるアンケートを採用したとともに、客観的指標の簡易睡眠脳波計による脳波の実測データを用いて、覚醒している状態から眠りに入るまでの時間である「睡眠潜時」、「深睡眠時間」、「デルタパワー」の3つの項目でのデータの解析を行いました。

 この3つの指標に関しては、1つ目の、睡眠潜時は就寝までの時間を表わし、寝つきの良さの指標として使用しています。

 2番目の深睡眠時間は浅い眠りのレム睡眠に対して、深い眠りのノンレム睡眠時間で、脳を冷却してしっかりと休ませるための働きに関する指標になります。

 3番目のデルタパワーについては、深い睡眠によって、脳の休息と回復が進んでいることを表していると考えられているための大切な指標になります。

 3年間にわたる実験の結果によりますと、8週間前から試験直後の継続飲用によって、ストレスホルモンと言われる唾液中のコルチゾールの上昇が、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では抑制されていただけでなく、血液中においてストレスホルモンに影響を受けていると思われる遺伝子の活性度合いを調査した結果、ストレス応答遺伝子の変動も抑えられていたというのです。

 更に、ストレスを伴う睡眠に関して言えば、医学部生の進級時に受ける学術試験前後の睡眠の状況について、被験者94人をL.カゼイ・シロタ株飲料摂取群と、プラセボ飲料摂取群とに分け、試験前8週間から試験後3週間まで毎日飲用してもらうという2年間にわたる調査の結果、OSA睡眠調査票MA版の解析から、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では、起床時にすっきりした目覚めを示すスコアが有意に改善されており、体感としてよく眠れたことを示す睡眠時間の延長も認められました。

 また、脳波計での解析結果についても、L.カゼイ・シロタ株飲料の摂取群では、睡眠潜時が延長することなく、寝つきの悪化の防止効果が明らかになったり、非飲用群が学術試験が近づくにつれて就寝直後の深い睡眠が短縮していくのに対して、優位に短縮を防ぐことができることで、試験というストレス状況下においてもぐっすりと眠れていることが確認されています。

 更に、デルタパワーの値も増大し、学術試験前の勉強で脳をフル回転させたときほど、力強く深く眠れることによって脳が休息・回復できているという結果が示されたのです。

 この試験の結果に対して、西田憲生准教授は、「学術試験を終えて3週間後まで調査をしていますが、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では、試験後の回復が主観的指標と客観的指標を合わせた各項目のいずれも、良い傾向にありました。対してプラセボ飲料摂取群では、試験を終えてもなかなか元には戻っていません。試験に限らず、過剰なストレス下であっても、眠れることができれば、回復も早いのだと、改めて考えさせられました。」と述べており、プロバイオティクスを利用したストレスと睡眠に対する効果については、腸内細菌による、自律神経への調整の作用への関与に対して大きな関心を寄せており、「腸内細菌の環境が保たれることで、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが良い方向に調整され、寝つきが良くなり、深くよく眠れて、寝起きがすっきりとして、疲労回復につながるといった、良い睡眠に至る連鎖が起きると考えられます。」ともしています。

 脳腸相関という言葉には、ヒトの器官である脳と腸の二つの関係性だけでなく、腸内細菌叢の状態を機序とする「腸内細菌-腸-脳相関」というアプローチは益々欠かせないモノになってくるのだと思います。


  


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2024年12月13日

腸内細菌によるストレス緩和・睡眠効果のメカニズムについて考えるⅠ




 脳腸相関という考え方が広がりつつあるなか、腸内細菌叢と宿主であるヒトの精神状況への作用に関する研究報告も多くみられるようになり、「腸内細菌-腸-脳相関」の概念が広く認知されるようになってきました。

 徳島大学大学院医歯薬学研究部医療教育学分野の西田憲生准教授によりますと、脳と腸との関係については、神経系の伝達だけでなく、腸の情報が迷走神経や血液を介して脳に伝わって脳機能にも影響を及ぼすなど、脳腸相関において腸内細菌は重要な働きをしていることが解りつつあると述べており、現在では、大きく分けて神経因子と液性因子の二つの伝達経路があることが解ってきました

 そもそも、ヒトなどの哺乳類の脳は、原始的な動物の腸管神経系が進化したものと考えられており、また、腸管神経系は、胎児期に頸部の迷走神経堤細胞が腸管に沿って形成されることからしても脳と腸管神経系には密接な関わりがあることがわかっています。

 神経因子と呼ばれる仕組みとしては、腸管免疫システムの中で重要な役割を担っているM細胞や樹状細胞などが、腸内環境の状態を認識することで迷走神経を通じて、中枢神経系とされる脳に伝達されるような仕組みになっています。

 また、脳に伝えられた情報は、そのほかの情報と統合されることで適切な情報に更新され、腸管を含めた全身に伝えられるという相互の伝達のメカニズムになっているのです。

 一方、液性因子は、消化管ホルモンや腸内細菌により産生される様々な代謝物が血流を通じて、中枢神経系に直接的あるいは、間接的に作用する仕組みであり、この二つの調整因子によって、腸内細菌-腸-脳相関のネットワークが形成されることで、ヒトの恒常性の維持向上に大きな役割を担っていると考えられています。

 このメカニズムを裏付けるような研究事例として、腸内細菌を全く持たない無菌マウスによる研究報告もあります。

 この実験は、無菌マウスと無菌マウスにビフィズス菌を与えた場合のストレス応答につついて九州大学の須藤信行教授らの研究グループによって行われたもので、無菌マウスは、通常の腸内細菌を持つマウスに比べて、生体のストレス応答が過剰になることが明らかになったと同時に、ビフィズス菌を無菌マウスに与えると、過剰なストレス応答が通常マウスと同等レベルまで抑制されるということが明らかになったと報告しています。

 既にご存知の方も多いかもしれませんが、腸内細菌叢とストレスとの関係は以前から、多くの研究がなされており、ストレスによって腸内細菌叢の乱れにつながることは明らかになっています。

 このような関係からしても、迷走神経が担っている情報伝達量の約90%と言われる脳と腸との伝達の仕組の解明は重要であり、腸内細菌が迷走神経を整えている、という研究報告もあるようです。

 ヒトの健康に対して大きな影響を与えている腸内細菌-腸-脳相関についてこれからの研究成果に大きな期待がかかっています。


  


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2024年12月05日

あらためて「睡眠の質」について考える



 日本での「睡眠に対する軽視」は、「寝ずに頑張る・・・」、「夜通し頑張る・・・」というような睡眠を削るという生活習慣に対して、ポジティブな言い回しが存在することからも指摘され始めています。

 実際に、日本人の約5人に1人は、睡眠の質に影響を与える「睡眠時間の不足」 「日中の眠気」「睡眠中の覚醒」など、睡眠に関わる問題を抱えていることがOECDの調査で明らかになり、2021年の報告では、日本人の平均睡眠時間が調査した33カ国の中で最も短く、各国平均に対して1時間も少ないことも明らかになっています。

 しかも、2022年10月発表の「健康日本21」の 最終評価によれば、「睡眠の質」の評価において、維持向上しているという状況ではなく、悪化しているという判定になっているのが現状です。

 そもそも、「睡眠に対する軽視」は、自らの健康に対する軽視のみならず、睡眠不足によってもたらされる交通事故や労働災害などの社会的影響をも社会全体が軽視しているということにもつながっています。

 日本睡眠学会理事長で久留米大学学長 内村直尚氏によれば、睡眠には、「身体や脳、 こころの休養や疲労回復」という大きな役割があるとしています。

 眠っているときはストレスから解放され、日中の活動で酷使し、ストレスをかけ続けた身体や脳の疲労を回復させます。
 さらに、交感神経と副交感神経を調整し、脳をはじめとする臓器を休ませるために体温を下げるなどの機能を働かせ、エネルギー消費量を抑えるとともに蓄えることで、成長に必要な成長ホルモンなどの分泌や、免疫機能の調整、さらには記憶の定着強化など身体の様々な機能の調整機能を担っているのです。

 また、2019年に厚生労働省が発表した「国民健康・栄養調査」では、20~59歳の各世代で、睡眠時間が6時間未満の人が約35~50%を占め、5時間未満は約5~12%に上るという結果が報告されています。
 このように睡眠時間が短いことで、肥満、 高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管疾患、 認知症、うつ病などの発症リスクが高まることとともに、覚醒時間が長くなると、交感神経が優位な状態が長く続き、血圧上昇、インスリン抵抗性増大など、 身体のさまざまな働きに影響を及ぼし、身体疾患や精神疾患の発症 悪化 死亡リスクが上がるとも考えられています。

 睡眠については、「寝る時間がない・・・」というような生活習慣に依存するものと、「寝られない・・・」という身体の状態によるものがありますが、「眠れない・・・」原因の多くは、ストレスとされています。
 睡眠とストレスは表裏一体と考えられており、強いストレスは交感神経を優位にし、入眠困難、 中途覚醒、 浅い睡眠などで、睡眠時間も睡眠休養感も満足できるものではなくなります。そのため、眠れているかどうかは、ストレスの程度やストレスからどのくらい心身が追い詰められているかを反映する、一つの指標になるとされています。

 内村直尚氏は、目覚めたときに、「心身を休めることができた」「すっきりとした目覚め」という充足感は、その人の健康度を反映する指標であり、自覚できる指標の一つとして、重視してほしいと述べています。

 睡眠に対する大きなマイナス要因は、ストレスと生活リズムの乱れと言われています。

 眠気と言われる睡眠欲求は、覚醒時間のみならず体内時計に大きく依存すると考えられていますので、起きてから、朝日をしっかり浴びる 状態を起点として、約16時間後(高齢者では15時間後)に睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンが分泌されます。
 当然、メラトニンの原料であるセロトニンやセロトニンの原料と言われるトリプトファンが必要になりますので、タンパク質を中心とした朝食をしっかり摂る習慣も大切です。

 そして、メラトニンが分泌されることで、急激に覚醒水準が下がり「眠気が襲ってくる・・・」という状態になります。
 しかしながら、その手前の時間帯は一般的に覚醒水準が高くなっているために、食後のうたた寝などが、入眠障害につながるというケースも指摘されています。
 また、一般的には、19時から22時位が覚醒水準の高い時間帯といわれていますので、そのような体内時計のリズムを意識して、寝床に入ることも有効な手段の一つです。

 また、ストレスについては眠れているにも関わらず、「眠れていない・・・」と感じることや、「寝なければいけない・・・」という強迫観念からくすストレスによって交感神経を刺激してしまい、睡眠の質が下がるということはよくあるとされています。

 睡眠に対する不安がある場合は、「適度な疲労感を感じる程度の運動を意識して、眠くなったタイミングで入眠し、朝は一定のリズムで起床する・・・」という、遅寝早起きが有効だとされています。

 また、近年ではウェアラブルデバイスの発達によって、睡眠に対する詳細なモニタリングも可能になってきましたが、加齢とともに睡眠する力も変化してきます。

 例えば、10代までの睡眠は、20%くらいが深い睡眠ですが、60歳を過ぎると深い睡眠は2~3%と大きく下がるとされています。
つまり、 加齢によって深い睡眠は減り、浅い睡眠が多くなるのは、ごく自然なことであり、心身の機能に悪影響を及ぼすことはほとんどないとされています。にも関わらず、若い頃のようにぐっすりと眠りたいと切望する高齢者はたいへん多いという認識のずれによる「睡眠への不安」もあるのです。

 このようなことからすれば、睡眠に対しての仕組みを理解し、それに基づいたメリハリのある生活のリズムを送ることが「睡眠の質の向上」につながるのでないでしょうか。


  


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2024年11月22日

アレルギー症状と睡眠との関係を考える




 近年、多くの方々の健康に関する悩みの中で、次第に増えていると言われているのがアレルギー症状です。アレルギーは、免疫システムの暴走による自身への攻撃が原因と考えられており様々な症状を引き起こします。

 その中でも、日常的にQOLに大きな影響を及ぼす症状が皮膚のかゆみです。

 皮膚のかゆみなどの症状を引き起こす、代表例として挙げられるのがアトピー性皮膚炎で、小児で約12%、成人で約8%とされており、日本におけるアトピー患者数は増加傾向にあるとされています。

 かねてから、かゆみと睡眠との関係については、下肢静止不能症候群とも呼ばれるむずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)なども不眠の原因とされており、多くの関心を集めています。

 むずむず脚症候群の原因は、脳内の神経伝達物質であるドーパミンがうまく働かないことが原因と考えられており、アトピー性皮膚炎とはメカニズムが異なりますが、かゆみという症状が睡眠に大きなマイナスの影響を与えているということが言えると思います。

 そのような中、ポーランドのグダニスク医科大学医学部のアリレザ・コスラヴィ氏らの報告によれば、アトピー性皮膚炎によって集中力の低下、睡眠効率の低下、IQの低下など、短期的な神経認知課題に関連しているという可能性が示唆されました。

 報告によれば、アトピーによる睡眠障害は、単なる「かゆみで眠れない」という問題だけではなく、アトピー性皮膚炎に伴う慢性的な炎症が、体内の免疫システムに影響を与え、それが睡眠-覚醒リズムを狂わせることで、脳の働きにも大きな影響を与える可能性があるというのです。

 更に、27万人以上を対象とした大規模な研究により、アトピーによる睡眠障害が認知機能に与える影響も明らかになってきたという報告もあります。

 具体的には、注意力散漫による集中力の低下、さらに記憶力の減退や学習能力の低下や感情コントロールの困難さなどの短期的な影響のみならず、長期的には、子どもの場合では学業成績への影響や知能指数(IQ)の低下リスクに加え、ストレス耐性の低下やうつ病などの精神疾患リスクの上昇なども指摘されているようです。

 現在のところ、慢性アトピー性皮膚炎に関連する潜在的な長期認知機能低下に関するエビデンスは充分とは言えない状況ではありますが、アトピー性皮膚炎における睡眠の質の低下が神経認知障害の関係性については、短期的な影響については明らかになっていることからすれば、さらなる知見の必要性があると言えそうです。

 冒頭にも述べましたように、様々なアレルギー症状は免疫システムの暴走から起こるとされています。

 また、免疫システムの多くが腸管内やそこに共生している、腸内細菌と言われる共生微生物と大きく関わっていることからすれば、免疫調整作用や睡眠の質の向上につながるプロバイオティクスを利用した腸内環境を整えるためのアプローチもスキンケアを中心とした医学的な治療と併せて取り入れることも必要なのかもしれません。




  


Posted by toyohiko at 13:26Comments(0)身体のしくみ

2024年11月13日

プロバイオティクスを活用した治療について考える(Ⅱ)




 手術などの外科的治療が必要となるような重症患者において腸内細菌叢がディスバイオーシスと呼ばれるような状態に陥っており、術後の感染合併症のリスクの上昇や入院期間の長期化など、手術後の予後に対して大きな影響を与えているとされています。

 そして、腸内細菌叢を維持していくために医療現場でプロバイオティクスを利用したり、プレバイオティクスを併せたシンバイオティクス療法によって下痢や便秘などの消化器系の不調や人工呼吸器肺炎などの感染合併症の予防効果が期待されています。

 その中でも、胃がんのように腫瘍部の切除によって、胃液の減少による感染源となる細菌などの腸管への侵入リスクの増加が伴うようなケースもあります。

 胃がんは、がんによる死亡数で性別によって順位が異なっていますが、男性では肺がんに次いで2位、女性では大腸がんに次いで3位と死亡数の比較的多い癌として知られています。

 胃は、食道に続く臓器で、「食べたものを一時的に蓄える」、「食べたものの一部を消化する」「食べたものを殺菌する」などの働きをすることで、栄養分を吸収するための臓器である腸にバトンを渡す役割をしています。

 しかしながら、手術によって胃をすべて切除したり、部分的な切除によって胃が小さくなることで、通常通りの食事量が胃の機能に対して過剰になったり、良く噛まずに飲み込んだりすることで、「ダンピング症候群」、「小胃症状」、「逆流性食道炎」などの合併症を起こしやすくなるとされています。

 そのために、食事の際には少量ずつゆっくり食べることが必要になってくるのですが、気を付けていても、手術後は胃と他の消化器官との連携が上手くいかないことで便秘や下痢などの不調に繋がるケースがあるようです。

 そして、胃の切除手術を受けた人と受けていない人を対象とした調査では、胃切除手術を受けた人の約6割に、便秘や下痢といった便通異常の自覚症状があるという報告もあります。

 下痢の原因については、ほとんど消化されない食べ物がそのまま小腸に入ってしまうことで、小腸での消化吸収が追いつかないことや、食べ物などと一緒に入ってきた細菌が、殺菌作用の強い胃酸の影響を受けずに小腸に達してしまうことで、腸内細菌のバランスが乱れてしまい下痢の誘発に関わっていると言われています。

 一方、便秘は手術後の食事量の減少、排便に必要な腹筋力の低下、腸管の癒着によって便の移動が滞ってしまい過度に水分が吸収されてしまうことや、胃を切除した際の迷走神経の切断によって腸の運動が鈍くなってしまうことなどに起因すると言われています。
 
 下痢と比較しても、便秘の方が食事後のおう吐や逆流性食道炎、腸閉塞の原因にもつながる可能性が指摘されていますので、症状の長期化には気を付ける必要があるとされています。

 そのような中、胃を切除し便通異常を訴える118名を対象に行われたプロバイオティクスを利用した便通異常に対する改善効果に関する報告がありますので、ご紹介させていただきます。

 方法としては、乳酸菌シロタ株の入った乳飲料とプラセボ飲料(色や風味は同じで乳酸菌 シロタ株を含まないもの)を毎日1本4週間飲んでもらい、便通に対する影響について頻度、便性状に関するアンケートに毎日記入してもらい、その結果をスコア化するという方法で行っています。

 更にその中から便秘スコアが平均値より高い人を「便秘ぎみ群」、下痢スコアが平均値より高い人を「下痢ぎみ群」、両スコアとも平均値より高い人を「便秘+下痢群」、残りの人たちを「正常群」に振り分け、解析を行いました。

 解析の結果、乳酸菌シロタ株乳飲料の飲用により、「便秘ぎみ群」の便秘症状、「下痢ぎみ群」の下痢症状がプラセボ飲料を飲用したグループに対して、優位に改善されるという結果になったとともに、便を用いた腸内細菌叢の解析結果についても「便秘ぎみ群」でも「下痢ぎみ群」でも乳酸菌シロタ株の入った乳飲料の飲用によって改善されるということが報告されています。

 胃がんは代表的な癌であり、かつては死亡者も多い癌でしたが、手術の技術向上によって長期生存者が増加しているという非常に良い傾向になっている一方で、便秘や下痢などの症状などをはじめとする様々な後遺症に悩んでいる方が多いという現実もあります。
 
 現在では、胃を切除した患者さんの便通異常は、器質的な原因によって生じると考えられ、今のところ根本的な対処法がないとも言われている現状ではありますが、今回の報告のように、胃がん手術後に便通異常を訴える人に対して、乳酸菌シロタ株が役立つ可能性が示されたことはQOLの向上についても大きな期待につながります。

 これらの事例のように、病気になる前に病気にならない身体に・・・という予防医学の実践に対して、プロバイオティクスを活用するだけでなく、病気や怪我をしてしまった時に、症状がひどくならない・・・というケースにおいても臨床ベースでプロバイオティクスが利用され始めているということからすれば、日頃からのプロバイオティクスを利用した、予防医学の実践が、なってしまったときの重症化の予防にもつながると考えることもできますね。


  


Posted by toyohiko at 13:02Comments(0)身体のしくみ