2022年06月25日
痛みと脳との関係を考える

「痛み」は、誰もが避けたい感覚であり、「出来ることならば、無くなって欲しい・・・」というような想いをした人も少なからずいるのではないかと思います。
東京大学大学院理学系研究科 榎本和生教授によりますと、「痛み」は、生命維持のための大切な黄色信号として存在する危機管理のための重要なシステムで、生命の起源に近い太古の昔から存在する神経回路の仕組の一つとして、「脳」を持つ生物が最も早く獲得した感覚だとしています。
また、「痛みが無くなるとどのようになるか・・・?」、を考えてみると、触覚もあまり感じないためにケガを繰り返し、危険自体を予測することが出来なくなってしまうそうです。
実際に、先天性無痛無汗症という疾患もあり、信号で言えば、黄色信号がない状態のために痛みが感じられないことによって重篤な怪我に繋がり易いため、日常的に細心の注意が必要とされています。
痛みの種類は多様であり、敏感になることで事前に警告をしてくれる重要なシステムでありますが、「痛み」そのものは脳の扁桃体を通じて、全身への警告として「このままではいけない・・・」というメッセージを発信するという仕組みで成り立っています。
痛みは、脳の反応によって可視化できますが、一見同じような刺激を与えているように見えても人によって脳の反応が異なっていることが解ってきたと言われています。
例えば、「歯が痛い・・・が、どの歯が痛いかがわからない。」という経験のある方はいませんでしょうか。
また、心筋の酸素不足のために痛みを感じるという「狭心症」などは、「心臓が痛い。」という感覚を持つ人はむしろ少数派で、心臓とはあまり関係なさそうなところが痛いという感覚があることも知られています。
外傷のように視覚化できるところや早急に処置することで、生命の維持に直接つながる場合においては、痛みと処置する場所の関係性がはっきりする形で「痛み」を感じるように出来ているのですが、
内臓も含めた臓器の場合は、人類の長い歴史において、現在のように手術などの処置によって治療するという方法がなかったために「具体的に対処する方法がない・・・」という前提でのシステム構築がなされたと考えられています。
そのために、「じっとしていることが出来れば十分・・・」ということの方が生命維持のためのシステムにおいては優先され、細かく分析して痛みを具現化する仕組みが進化しなかったために「大雑把なところもあるのでは・・・」とも言われています。
東京慈恵会科大学 加藤総夫教授によると、「痛み」は、「脳がどう理解したいか・・・?」が意外にも重要だという事がわかってきたようです。
捕食中の動物によっては痛みのような刺激に対して無反応の事もあるような事例もあり、これは、「食物があるときに食べた方が大切・・・」と脳が判断するからだと考えられています。さらに、「闘争か逃走か・・・」というような生命の危機に直面するような局面においては「痛みは」後回しになるともされています。
福井大学子どものこころの発達研究センター 友田明美教授は、「体罰や言葉での虐待が脳の発達に与える影響」についての研究など、心と脳の関係の第一人者として知られていますが、「心の痛みを感じるときの脳の反応」も身体的な刺激を受けた時と同様の脳の反応が見られることが様々な研究で明らかになってきました。
失恋したばかりの40名を対象にした実験では、「腕に痛みを感じるほどの熱を与えた場合の反応と、元恋人の写真を見た場合の脳の反応は、同じ結果が得られた。」という事からも、失恋と外傷的な痛みは同じであり、「脳にとって、痛いとつらいは同じである」という事が言えます。
「つらさ」という感情に訴える痛みは、進化的な視点からすれば、人類の社会性を考えた場合にこの持続性が無いと対人関係において、痛みを改善するための工夫につながらないという説もあるようです。
しかしながら、「社会的拒絶は、肉体的な痛みと体性感覚を共有する。」という脳の仕組を考えると、「負の感情」と「脳が感じている痛み」との関係について、「身体的暴力と同じ・・・」だけではなく、持続性があるがゆえに言葉の暴力は身体的暴力よりさらに悪いことであるというように認識を改める必要性を感じます。
「脳」が様々な、「痛み」をつくり出す仕組みを持っていることは、説明した通りですが、外傷性の痛みもその一つと考えられています。
多くの人が経験している腰痛も約8割が原因不明とされています。これは腰痛には、「痛覚変調性疼痛」と呼ばれる身体の部位に異常や障害がないのにかかわらず、痛みを感じることが原因で発生している場合が多いからと考えられています。
「痛みも快感も脳の主観・・・」脳の感覚によって更新されていくとされています。
また、驚いた時や感情の高まった時の「心拍数の変化」も脳に操られていることが解ってきているようです。
様々な、「痛み」を感じている時には脳の萎縮がうかがえるが、カウンセリングで委縮が抑えられ脳がもとに戻ることで痛みが消えることも解ってきています。
このことは、痛みの種類によっては認知行動療法のように、「楽しいことをイメージしその目標に向かって、少しずつ行う」というステップを踏んでいくことで「痛みのなかった頃の脳の状態」に戻していくことが可能であることにもなります。
「痛み」は、生物にとって重要な危機管理のシステムであると同時に、脳によってつくり出される、あいまい且ついい加減なものでもある・・・という認識をすることで、「痛み」との関わり方も変わってくるかもしれません。