2022年07月08日
「歯ブラシ理論」と「根回し」について考える

科学の世界には、「歯ブラシ理論」というものがあるそうです。「誰もが欲しがり・・・、誰もが必要とし・・・、誰もが1本は持っているが、誰も他人の歯ブラシを使いたがらない。」という歯ブラシの特徴を、科学者が自分の理論に固執する傾向を揶揄した言葉だそうです。
もちろん、自身のアイディアを大切にすればこそ、最後まで徹底的に追及することが出来るという事からすれば、「自分の理論に固執する」行為は、別に悪いことではないと言えるかもしれません。
しかしながら、自分のアイディアを愛しすぎた故に、その執着がもたらした代償には、このような事例もあります。
トーマス・エジソンが電球を発明したことは、有名な話ですが、当時エジソンが直流電流に執着しすぎた為に、当時、エジソンの会社に所属していたセルビア人の発明家二コラ・テスラがエジソンの指導のもとで発明した交流送電に対して、「素晴らしいが、実用性に欠ける・・・」などの理由で、特許を取らなかったという話があります。
この話には続きがあり、特許権をとらなかっただけでなく、エジソンは交流送電の危険性を訴え、信用をおとしめようとしたが、現在の状況を見てみれば交流送電なしに社会は回っていないという現実があります。
この事例のように、「自分の発想したものしか信じない・・・」とか、「他人のアイディアは気に食わない・・・」という傾向は、洋の東西を違わず、まったくもって不合理且つ、不可解な風潮があることは紛れもない事実として認識しておく必要がありそうです。
人が自分のアイディアにこだわりがちであるという事については、「歯ブラシ理論」だけでなく、ビジネスの世界にも戒めの言葉があるそうで、Not Invented-Hereバイアスと呼ばれているそうです。つまり、「自分たちで発想したものでなければ、あまり価値がない・・・」という考え方で、自前主義バイアスという日本語でも呼ばれています。
当時、ビデオテープの企画であるVHSとベータの日本国内でのシェア争いも、事例の一つとして印象的な出来事です。
このような傾向は、言い換えると「自分で考えたものは、どんなものでも素晴らしい・・・」という事になってしまいますので、「自分のアイディア」の優劣に大きく左右されてしまうリスクが常について回るという事を理解しておく必要もあります。
行動経済学者であるデューク大学のダン・アリエリー教授は、人間にはもともと自分の考えや、その問題や課題に関わった時間に対して、過度なバイアスがかかりやすいという性質を理解した上で、逆に利用することも大切だとしています。
同じことを言っているのにも関わらず、指示されたことはなかなかやらないのに、自分たちで決めたことはやる・・・というような事は良くある話です。
「やって欲しいこと・・・」と「任せて欲しいこと・・・」の境界線がお互いに違うことで、この自前主義バイアスの悪い面が強調されてしまうことも十分に予測されます。
このようなことは、ビジネスにおいても上司から部下・・・、部下から上司・・・の両方の関係において言えることです。
課題解決に向けて上手に導く・・・ためには、ネガティブリストによるコミュニケーションの発想を用いながら、あらかじめ考え方を共有するという、いわゆる「根回し」も大切になってくるのかもしれません。
本来、「根回し」という言葉は、大きな木を植え替えるときに直接抜いてしまわず、根の周りの土も含めて荒縄で巻き付け、時間をかけて移植することで、根の損傷を最小限に抑える手法の事を言います。
「根回し」という言葉の響きには、ネガティブな印象を持つ方も多いのかもしれませんが、人間の本来の特性を考えれば、「根回し」こそ、自前主義バイアスを除去するための準備そのものとして必要な事なのかもしれません。
Posted by toyohiko at 09:17│Comments(0)
│社会を考える