2022年09月09日
腸内細菌と自然治癒力

1週間程の期間を決めて、食事を摂らない日を交互に設ける隔日断食や、夕食後16時間は食事制限をするというような時間的な断食などの断続的断食の健康効果について様々な注目が集まっています。
そのなかでも、興味深いのは断続的断食によって治癒力にも良い影響を及ぼすということを示す研究報告が、Nature誌で紹介されたことです。
その研究によれば、「長時間にわたって何も食べないことで治癒力を向上させられる可能性がある」ことをマウスによる実験によって示唆したとともに、そのメカニズムについても明らかにしたとの報告がなされたのです。
そもそも、骨折などの外傷による末梢神経系の損傷は手足の感覚の麻痺、痛みやしびれなどの症状に悩まされることが多いとされています。更に、この末梢神経系は加齢や身体に対する強度な負荷によっても損傷すると言われています。
その一方で、このような神経損傷による症状は長期間にわたって続いてしまうことが多く、ひどい場合は外科的治療によって対応しているのですが、有効な事例はごく一部とされています。
このような状況になってしまう原因としては、末梢神経系のニューロンと言われる細胞組織の再生が非常に遅いためなのだそうです。そこで、「断続的な断食は傷の修復と新しいニューロンの成長にも関係ある」という従来の知見をもとに、今回の実験を行ったというのです。
実験では、坐骨神経を損傷したマウスを、断続的断食(好きなだけ食べる日と、まったく食べない日を交互に繰り返す)をするグループと、自由に食事をできるグループの二つのグループに分け、24〜72時間後に神経の回復具合を観察するという方法で行われました。
その結果、再生したニューロンの長さは、断食させたマウスのほうが約50%も長かったという結果が得られたというのです。
注目すべきは、ニューロン再生に関わるメカニズムに腸内細菌の代謝物が大きな関わりを持っていたという事です。
実験の経過のなかで、断続的断食をしたマウスの血液中のインドール3-プロピオン酸(IPA)という代謝物の濃度が、食事をし続けたグループに対して有意に高くなっていたことが解りました。このIPAは、クロストリジウム・スポロゲネスと呼ばれる腸内細菌の代謝物として知られており、マウスはもとより、ヒトの腸内にも存在するとされている菌株の一つです。
ニューロン再生に対するIPAの関与に関しては、無菌マウスを利用し、遺伝子組み換え技術によってつくられたIPAを産生できるクロストリジウム・スポロゲネスと産生できないものをそれぞれ別のマウスに移植した場合や、代謝物であるIPAそのものを経口投与した場合においても血中のIPA濃度と末梢神経系の再生について有意な相関関係がみられました。
人体についての知見はこれからにはなりますが、腸内細菌の代謝物が末梢神経系の治癒力の促進に関わっている事が、今回の実験で示唆されたという事になります。
今回の事例についても、「何故、断続的断食が腸内細菌の代謝物増加につながるのか・・・」というメカニズムに関しては、これからの研究によるところになると思いますが、睡眠時の大蠕動によって腸壁組織のターンオーバーが促されることや、良好な排便や良好な腸管の状態を保つことにつながることは以前から解っていますので、断食による筋肉量の低下につながらない範囲での断続的断食が、飽食の時代だからこその腸内環境の改善につながる可能性もあるのかもしれません。
いずれにしても、食事にまつわる健康への影響というのは、朝食の健康効果にみられる時間栄養学の視点など、様々な見方があることも事実です。
実際に、それぞれの知見の整合性に関しても、うまく嚙み合わず、矛盾を感じるような印象を受けるようなものもあるのかもしれません。
それほど、人間の身体は複雑であり未知の部分が多いという事も含め、私たちと共生関係にある腸内微生物の様々な代謝物に関する健康に及ぼす影響に、ますます期待が高まります。