2022年12月02日
「美味しい・・・」のしくみを考える

「人を幸せにするのは胃袋である。」カナダの医学者ウィリアム・オスラーが残した言葉とされていますが、「美味しい・・・」という感覚は、味覚や嗅覚だけではなく、味覚に関する受容体が舌や鼻だけでなく、消化器官の様々なところにあるのでは・・・という仮説のもと、消化器官と脳との関係性について多くの研究者の関心を集めています。
昔から、「胃は、心を映す鏡 ・・・」というような表現をすることもあり、胃の不調とストレスなどのメンタルコンディションが密接に関係しているなど、脳との関係性についても多くの人たちが、経験的にわかっていることも沢山あります。
内分泌専門医で川西市立総合医療センター総長の三輪洋人氏によりますと、「食事を摂ったときの満足感や幸福感は、胃が脳に何らかのシグナルを伝えていることで得られている。」と述べています。
実際に、胃がんの治療方法に「胃の全摘出手術」というものがあります。この方法は、胃と言われる臓器全体を外科的手術によって摘出してしまい、食道と十二指腸などの腸管を直接つなぐことで、腫瘍部分の除去及びその後の転移を防ぐためのものです。
この手術を受けた方の消化管は、胃の機能の一部である「食べ物をため込む」ために、胃に近い形状に変化し、元のように経口で食事が出来ることは知られています。
しかし、そのような治療を受けた人の中には、「お腹が減ったという感覚がなくなる・・・」という人が多く、食事も、「時間が来たから食べる・・・という機械的な栄養補給」になり、食事そのもので感じていた「喜び」のような感覚を失ってしまう事もあるようです。
食事をした時に「美味しい・・・」という感覚と、さらに「幸せ・・・」という感情の二つの言葉を口にする場面があると思いますが、この二つの言葉は、「一つの現象を二つの言葉で表現する人がいる。」のではなく、身体にとって、明らかにふたつのシグナルを感じた・・・と理解する必要があるのかもしれません。
このような感覚が、先ほどの消化器官のあらゆるところに存在する可能性のある味覚受容体の存在を確証づけるものだと考えられています。
その感覚を感じるためのメカニズムに関わるものの一つが、1999年に発見されたグレリンというホルモン物質です。グレリンは、単に食事を促すだけではなく、食事に伴う幸福感のシグナルを脳の報酬系に伝達すると言われています。つまり、空腹時に多く分泌され、脳の報酬系を通じ摂食中枢を刺激し、食事を摂ることでドーパミンが分泌され摂食時の幸福感につながる役割をするとされています。
また、グレリンは、成長ホルモンの分泌を促進させる機能や、その成長ホルモンの影響による、筋肉量の増加や適正な身体の維持機能などが注目されています。
そもそも、グレリンの存在は以前から知られていましたが、脳でのみつくられるとされていました。
宮崎大学医学部の中里雅光教授によると、現在では、グレリンの9割が胃でつくられるという事が解ってきたために、全摘手術などで胃が無いことで、グレリン欠乏状態に陥り、「食べたい・・・」という感覚や、食後の「満足感・・・」のような感覚がなくなってしまうというメカニズムが解ってきたというのです。
つまり、「美味しい・・・」という感覚は、味覚や嗅覚だけではなく、胃を通じて脳の幸福感が大きく関与しているのです。
さらに、「甘いものは別腹・・・」という言葉がありますが、このメカニズムにもグレリンが関わっており、実際に「別腹・・・」をつくり出すことが解っているそうです。
つまり、満腹の状態でも「美味しそうなもの・・・」に対する情報を基に、「美味しい」という記憶が脳からオレキシン、グレリンなどのホルモンを分泌し、摂食中枢を刺激することで食欲を喚起し、さらに胃も少し膨らむことで「別腹」となる空間をつくりだす・・・というのです。
グレリンだけでなく、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンも脳でのみつくられるとされていましたが、現在ではほとんどのセロトニンが腸でつくられることが解ってきました。こうして考えると消化器官と脳は、わかっていないだけでもっと色々なつながりを持ちながら、人間の幸福感とつながっていると考えることも出来ます。
「胃は、生きる喜びを創る臓器」という言葉もあるようですが、栄養補給のための「食べる」と空腹感からくる食欲や食べるシーンや相手もイメージした「食べたい」という欲求は別のものであり、脳腸相関だけでない、脳と消化器官との様々な相互作用によって日常の喜びが支えられているのかもしれません。
Posted by toyohiko at 16:29│Comments(0)
│身体のしくみ