2022年12月30日
ヒトとの共生微生物がもたらす未来を考える

「人間の腸内に住む細菌の理解が爆発的に深まることで、2023年には医学に新たな考え方がもたらされるだろう。」これは、英国マンチェスター大学の免疫学教授ダニエル・M・デイヴィスが腸内細菌をはじめとするヒトとの共生微生物と医学との関係性について述べた言葉です。
日本国内では、あまり馴染みのない言葉かもしれませんが、マイクロバイオータと呼ばれる、ヒトの共生微生物に関する研究は、科学の世界では大きなトピックスとして非常に関心の高い分野の一つです。
近年は、日本国内でも脳腸相関という言葉が多くのメディアで取り上げられるようになり、「おなかの健康」が消化管内の共生微生物と大きく関係しているだけでなく、睡眠やストレスなどのメンタルヘルスにも大きな関わりがあることが注目されつつあります。
こうなってくると、多くの人たちの関心は、「どんな、腸内細菌が良いの・・・?」ということになりますが、「健康」な腸内細菌がどのように構成されているかの解明は困難であり、且つ個人差が非常に大きいことに加え未解明の部分が多いという現実もあります。
例えば、善玉菌の代表選手で通称ビフィズス菌と言われるビフィドバクテリウム属の腸内細菌がありますが、この細菌が存在しないタイプの人がいることも現実として存在します。
この人が、健康的に問題があるかというと、必ずしもそうは言えない・・・健康状態であるケースの場合もあります。
京都府立医科大学 内藤裕二教授によれば、このような場合、ビフィドバクテリウム属の腸内細菌の役割を他の種の細菌が担っているために、全体として問題のない健康状態を保つことができると推測されると述べています。
腸内では、善玉菌、悪玉菌、日和見的な菌が、2:1:7の割合で共生しているというのが通説にはなっていますが、その一方で、「健康な腸の生態系には何らかの重要な機能を担う一連の細菌が存在すると同時に、明らかに人体に害を及ぼすような細菌とは共生していないはず・・・」という考え方もあり、善玉、悪玉・・・という捉え方も現時点での考え方ということなのかもしれません。
そのような中、研究に関する環境も大きく変化してきている様子です。
その一つが、技術の発展によって大量の遺伝子情報を素早く解読できるようになり、必要な微生物の存在を数種類だけ把握するのではなく、細菌叢という単位でどんな生態系を形成しているかを把握することが今までよりも容易になってきたことだと言われています。
現実には、腸内細菌の健康に対する影響に関してのメカニズムについては未解明の部分が多いことも事実です。
現在の知見では、腸内細菌は、短鎖脂肪酸をはじめとする生態活動を通じての代謝物が作用する場合と、微生物自身が直接免疫細胞などに働きかけをすることで作用する場合、のいずれかのアプローチによって人体に影響を及ぼすのが一般的と考えられています。
従来では、免疫システムに対するアプローチなどは、様々な免疫細胞に微生物自身が働きかけるために細胞の構造や形が重要だと考えられていました。
そのために、免疫システムに対する働きかけに関しては、「必ずしも生きて、腸まで到達する必要はない・・・」という考え方が主流でしたが、様々な研究が進んでいくうちに免疫システムに対しても共生微生物の代謝物との関係性に関する新しい知見も出てきています。
例えば、近年マウスに繊維質の多い餌を与えると、腸内で短鎖脂肪酸の濃度が高まり、それに相関してマウスのぜんそく発症リスクが下がっていくというような結果も出てきていいるという現状からすれば、「免疫システムへの働きかけについては、必ずしも生きて腸まで到達する必要はない・・・」という、従来の考え方の前提についても見直していかなければならない可能性も出てきています。
また、植物が、物質を介して相互にコミュニケーションをおこなっているように、消化管内の共生微生物も相互のコミュニケーションによって役割の分化とともに免疫システムとも相互作用を積極的に行っている可能性も否定できません。微生物同士のクロストークという言葉の存在もその可能性の一つです。
個々の細菌を一つ一つ解明していくというところから、細菌叢という単位で遺伝子レベルでの解析手法がより一般化することで、この分野の可能性については次々とアップデートされていく期待がますます高まってきています。
未だ未知の世界が多い、ということは可能性も大きいということになります。だからこそ、「遺伝子レベルでの解明」という技術が多様な知見とともに、この分野の大きな可能性に発展していくことを期待しています。