2023年05月19日
腸内細菌とホルモンの関係を考える

脳腸相関をはじめとする腸内細菌叢や腸を中心とした消化管全体のシステムと、脳との関係性が明らかになりつつあり、メンタルヘルスを中心とした健康に関する様々な課題解決へのあらたなアプローチとしても注目を集めています。
そのような中、最近の研究では腸はエストロゲン、アンドロゲン、インスリンなどのホルモンと大きな関わりを持つとともに生殖器系や内分泌系とも相互作用をしていることが解りつつあるようです。
そして、腸内細菌叢は内分泌器官のひとつと考えるようになってきたとも言われています。
エストロゲンなどの性ホルモンと呼ばれるホルモンの健康への影響は日常のQOLに大きな影響を及ぼすとともに、難しい課題が多く存在しているという事も事実です。
そのような中、腸内細菌叢とエストロゲンの量との相関関係についても様々なことが解ってきたようです。
具体的には、腸内細菌がβ-グルクロニダーゼという酵素を産生し、その酵素によって不活性なエストロゲンを活性化して、腸から体内循環に戻すというメカニズムが解りつつあります。そのメカニズムによって、腸内細菌叢の多様性と機能が低下することで、体内を循環するエストロゲンの量に悪影響を与えてしまうというのです。
その影響によって多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や子宮内膜症、不妊症といったホルモンに関係する様々な症状につながっている可能性がでてきました。
さらに、PCOSの症状を持っている方の腸内細菌叢にバクテロイデス・ブルガタスという菌株が通常と比較して著しく多いという研究結果があります。
それと同時に、幸せホルモンであるセロトニンや食欲調節ホルモンであるグレリン、さらに視床下部で食欲を調節して摂食量を減少させるペプチドYYの減少も見られたというのです。
その結果を検証するために、バクテロイデス・ブルガタスを患者からの便移植という方法で、マウスに投与したところ、PCOSに似た症状が発症したという研究事例もあります。
また、子宮内膜症と腸内細菌叢との関係も色々なことが解ってきました。
英国の女性の健康関しての専門家でもあるガザラ・アジズ・スコット博士は、「子宮内膜症は、エストロゲン優位、免疫、炎症が絡んだ複雑なプロセスで生じますが、この3つはどれも腸内フローラの影響下にあります」と述べるとともに、腸内細菌叢を元気にすることで、子宮内膜症の症状の改善の可能性についても言及しています。
閉経後の女性の体内でエストロゲンが不足すると、免疫反応の一部であるT細胞に影響するビフィズス菌などの菌種が減少してしまい、クロストリジウム菌などの炎症性の高い菌株が抑制されなくなってしまいます。
このような関係を見てみても、腸内フローラは子宮内膜症の発症リスクにも影響を与える・・・」とうような関係性も否定できません。
これらの事例のように、身体の健康に関して腸内細菌叢の影響力は計り知れないものになってきつつあります。
世界屈指の腸エキスパートと言われる、キングス・カレッジ・ロンドン遺伝疫学ティム・スペクター教授が、「腸内フローラを巧みに操る能力は、治療において想像を絶するほど貴重です。この先の10年間は医療の中心となるでしょう」と述べているように、今後の明るい未来につながる分野であると言えると思います。
しかしながら、腸内細菌叢のチカラを疾患の治療に生かすのは非常に困難であることも事実です。
微生物学は、微生物を特定することから始まると言われています。そして、微生物になんらかの機能を与え、その微生物がなにを食べ、どんな化学物質を産生するかを特定し、その微生物が病気の人や健康な人の体内に見られるかどうかを調べるということの連続です。
そのメカニズムについても、性差によって器官やホルモンの違い、微生物によって産生された代謝物質によるものであったり、微生物そのものの特徴的な形状によって物理的に免疫システムに働きかけるというような、機序のメカニズムの違いのみならず、単体の菌株によるものか複数種の菌株による相互作用やクロストークと呼ばれる菌株同士の働きかけ・・・のようなものまで、現在解明されているメカニズムだけでも多種多様です。
ただ、腸内細菌の種類を増やし、善玉菌と悪玉菌のバランスを整えることが腸内細菌叢の潜在能力を引き出すために有効な手段であり、そのカギは、多種多様な植物性の食品と少量の発酵飲食品を定期的に摂取することにあるということで専門家の意見は一致しているということからすれば、日常的にプロバイオティクスとプレバイオティクスを積極的に取り入れるシンバイオティクスを意識した食生活をしていく事が大切であることは変わらないともいえるかもしれません。