2023年11月02日
ネガティブ・ケイパビリティという考え方

ネガティブ・ケイパビリティ (Negative Capability 負の能力もしくは陰性能力)とは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を指し、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味すると言われています。
この言葉は、古くはイギリスの詩人キーツが、1800年代初頭にシェイクスピアに備わっている能力とし、その後、 第二次世界大戦に従軍した精神科医ビオンにより再発見され、現在ではこの考え方が、精神医療の臨床の現場での治療を支えているとまで言われています。
能力という言葉の響きには、「何かを成し遂げる・・・」というイメージがどうしてもついて回るという方も多いのではないでしょうか。しかしこの考え方は、何かを処理して問題解決をする能力ではなく、そうではないものに対して「能力」という言葉を使っているところが大変興味深いところです。
ネガティブ・ケイパビリティに対して、ポジティブ・ケイパビリティという言葉もあるそうで、たぶん多くの方々はこちらの方が馴染み深い言葉なのではないでしょうか。
ポジティブ・ケイパビリティは、「問題を早急に解決する能力」とされ、小学校から大学受験、さらには就職試験に至るまで、試験では問題の解決能力が求められています。
そのために、教育課程の多くの場面で答えの出ないような問題をはじめから用意していないとまで言われています。これはとりもなおさず、教育とは、問題を早急に解決する能力の開発だというアンコンシャスバイアスともいえるのかもしれません。
作家で精神科医の帚木蓬生氏によれば、私たちの脳は、分からない対象物を前にしたとき、何とか分かろうとする性質があると言います。だからこそ、わからないことや思い通りに解決しないことに対して「モヤモヤ・・・」という感情が生まれてきます。
あらゆる分野での「分類」をするという行為も「わかろうとする・・・」ためには非常に都合がよく且つ安心につながる行為そのものだとも考えられています。その典型例がマニュアルです。
マニュアルの効果は言うまでもありません。特に新人教育などでは、「適当にやっておいてください・・・」や「人によって教えることや、価値観が違う・・・」ということでは新しい戦力のひとりとしてスキルが身につかないことを考えると非常に有効な手段の一つです。
場面場面に応じた対応の仕方、言葉づかい、仕草、笑顔の作り方、お辞儀の仕方などをマニュアル化しておくことで、一定のレベルに辿り着くことはできます。
しかしながら、マニュアルがあることの一番のデメリットは、「脳が悩まなくてすむ・・・」ということだそうです。「悩んだ末に理解したもの・・・」と、「マニュアルとして安易に受け入れたもの・・・」とでは大きな違いがあるというのです。
脳が悩まなくてすんだ結果、マニュアルに無いなどの、想定を超えた事態への対応が出来なくなり、思考停止に陥ってしまう可能性が非常に高くなると言います。その結果、対人関係的にも無機質な対応や、相手を一方的に遮断するような状況に陥ってしまう可能性も高くなるというのです。
「思い通りにならない・・・」というような事は、冷静に考えてみれば少なくないのは当たり前のことなのにもかかわらず、「思い通りになるはず・・・」という思い込みに揺さぶられるという現実は、多いものです。
この、「思い通りになるはず・・・」という想いが過剰に高まってしまうことで、社会や日常のちょっとした不安や不満を増殖させ、他者に対して攻撃的になり対人関係に支障をきたし孤立したり、自暴自棄に陥ってしまったりすることは決して良いことではありません。
「不確かさの中で事態や情況を持ちこたえ、不思議さや疑いの中にいる能力」、「諦めるのではなく、そっとしまっておくことでじっくりと機を熟すまで待つ能力・・・」そして、たとえモヤモヤの渦中にいたとしても、忸怩たる想いをもって現状を受け入れる・・・ネガティブ・ケイパビリティはまさにチカラそのものなのかもしれません。
Posted by toyohiko at 15:52│Comments(0)
│社会を考える