2024年02月22日
口腔細菌をあらためて考える

腸内細菌という言葉を耳にするようになってきたいっぽうで、口腔細菌という言葉は、あまり馴染みがないかもしれませんが、消化器官の入口である口の中にも多様な共生微生物が存在し、約800種もあることはご存知でしょうか。
そして、腸内細菌などをあわせると、ヒトの細胞の数よりもはるかに多い共生微生物との関係を考えれば、微生物と共存している「複合の生命体」と考える必要があるのかもしれません。
口腔内はヒトの器官の中では非常に特殊な場所と捉えることが出来るそうです。
口腔内は腸管とは異なり、共生微生物にとって均一な環境ではなく、歯の表面、舌などの様々な構造と併せて、呼吸や捕食による空気の流入や食べ物そのものや、それに伴う細菌の侵入など、変化の厳しい環境であると言えます。
九州大学歯学研究院の影山伸哉助教によりますと、口腔内では、ヒトの成長に伴い細菌の種類などの劇的な変化が起こっているとされています。
親子間での口腔細菌の違いは、生後4か月では全く異なる構成をしているのにも関わらず、1歳半くらいになると母親の細菌叢に近づいてくることが分かってきています。
この変化は食習慣に大きく関わると考えられており、約200種のその人固有の口腔細菌叢が形成され、その影響を大人になっても受け続けるとされています。
このような細菌叢の違いは、母子伝播であるものの、遺伝的要因ではなく、食習慣を含めた環境的な要因が関わっている可能性の方が高いと考えられています。
さらに、このようなバランスは子どものころに決まってしまい、大人になってから変化させるのは難しいことも解ってきました。
日本人と韓国人との比較データによれば、韓国人の方が、虫歯や歯周病のリスクファクターである喫煙率が高く、フロスなどの日常的なメンテナンスの実施率が低いのにも関わらず、虫歯や歯周病の発症率が低く、口腔内細菌叢の違いがあるということも明らかになってきています。
そうとはいえ、大人になっても口腔内は常に過酷な環境の変化にさらされているために、口腔内細菌叢を構成している細菌同士も、常に勢力争いをしていると考える必要があります。
口腔内細菌で有名なのは虫歯菌であるミュータンス菌と歯周病菌のジンジバリス菌という病原菌なのですが、口腔内細菌叢全体の1%程度であり、全体の99%が常在菌と呼ばれる宿主にあまり影響を及ぼさないグループと言われてきました。
口腔内細菌叢のことは、解明されていないことの方が多いなか、最近の研究では、99%を占める常在菌のサリバリウス菌という代表的な細菌が、抗菌能力に優れている一方で、増えすぎることで虫歯や歯周病になり易くなるだけでなく肺炎のリスクが上がるということも明らかになってきています。
つまり、悪玉菌だけでなく、口腔内細菌叢内での総合的なバランスに着目する必要があるというのです。
口腔内細菌叢の殆どは、病原性が無いと考えられておりますが、免疫力や食事のバランス、口腔ケアの状態が悪くなった状況で、血流とともに体内に入ってしまうと発熱に繋がったり、心臓の弁に辿り着くことで、心内膜炎や肺炎につながることも解ってきました。
近年では、医療の現場でも手術前に口腔内細菌叢のバランスについての検査を行った上で、バランスが悪い場合には一時的に整えてから手術を行うことが当たり前のようになっています。
そうすることで、術後の肺炎リスクの減少や、手術創部感染のリスクの低下につながるために、多くの病院では術前術後の口腔ケアは患者のリスク低減と早期回復にとって当たり前のことになりつつあり、保険適用もなされています。
また、ミュータンス菌による虫歯もヒト特有の症状で、野生動物の場合、歯の脱落はあっても、歯が残ることが無いと同時に、野生動物の世界では歯の欠損は生存競争からの脱落でありすなわち死を意味することからすれば、「ミュータンス菌の存在や虫歯という症状は進化の過程で何らかのメリットがあったと考える必要があるのかもしれない。」という仮説を唱える研究者もいるそうです。
ミュータンス菌と人類との歴史は、ネアンデルタール人の時代からということなので、片利共生と相利共生という言葉のように共生には二つの関係性がありますが、ミュータンス菌もヒトとの相利共生の関係性である可能性が高いというのです。
その仮説を裏図ける現象の一つとして、野生動物も歯周病はあるそうで、歯の欠損だけでなく、ヒトと同じように、糖尿病、肝炎、アルツハイマー病、リウマチ、切迫早産など様々なリスクにさらされているそうです。
そもそも、ミュータンス菌とジンジバリス菌はライバル関係のようなもので、ミュータンス菌が酸を産生し、ジンジバリス菌は酸に弱く、酸素を嫌うということからすれば、ヒトは、
ミュータンス菌で虫歯になるリスクを抱えても、歯周病を抑えていたのでは・・・というような進化の上でのメリットも考えられるのだそうです。
また、ミュータンス菌は、バクテリオシンという特定の菌の増殖を抑える物質を出すことも知られていますので、この物質によって、一緒に居られる仲間を選択しているとも考えられていることからすれば、ミュータンス菌自身がヒトの防疫に対して有益な役割をしている可能性もあるのです。
明海大学歯学部 星野倫範教授によれば、ミュータンス菌やジンジバリス菌も含めた口腔内の細菌感染症について、虫歯や歯周病になり易いかどうかというのは、ミュータンス菌の存在如何よりもミュータンス菌が暴れるような口腔内のバランスにあるかどうかの方が大切で、口腔内細菌叢のバランスが崩れることが最大のリスクであると述べています。
ミュータンス菌で言えば、硬い歯の表面だけに生息する特別な菌で、歯垢と呼ばれる粘着性のある代謝物グルカンを土台に城をつくるように増殖するのですが、そのお城は数時間でつくってしまうのです。
粘着性の高いグルカンを、死滅したミュータンス菌がより強固にする仕組みがあるために、簡単なブラッシングでは取れにくい構造になっていることもあります。
更に、酸性だと歯垢ができやすいのですが、その後アルカリ性になることで歯垢が沈着し歯石になり、嫌気性が高まりジンジバリス菌の増殖につながるという悪循環に陥りますので、歯垢のうちに丁寧に除去することで口腔内細菌叢のバランスを保つことが大切になってくるのです。
現在、広島大学大学院医系科学研究科の二川浩樹教授が、ミュータンス菌とジンジバリス菌の両方を9割以上も抑える働きがある、ラクトバチルス・ラムノーザスという乳酸菌をヒトの口腔内から分離し実証実験を行っているという夢のような話もありますが、口腔細菌叢のバランスを考えれば、お腹の健康のために抗生物質を使用しないことが当たり前になっている昨今、口腔内の除菌・抗菌という言葉も特別な医療措置だけになり、日常には消えて無くなるのかもしれません。
Posted by toyohiko at 15:01│Comments(0)
│身体のしくみ