2025年01月03日

不安と共感を考える



「失敗したらどうしよう・・・」「人に嫌われたらどうしよう・・・」と言うようなことをいつも考えてしまうというようなことはありませんか。
 このように、まだ起こっていないことに心が囚われてしまったり、ストレスがかかるなど、潜在的なものに対する生体反応を不安と表現しています。

 老後の生活設計、自身の健康、今後の収入や資産の見通し、さらには、SNSの評判など・・・様々な要素の不安と常に隣り合わせでいるという感覚の方も多いのではないでしょうか。

 このような状況から逃れられないのは、ヒトには、「長期的な将来を予測」したり、色々と、想像を巡らせることで準備する能力そのものであるからで、これらは、不安要素をつくり出すという側面もあれば、その予測するチカラを使うことで進化を遂げてきたとも言えます。

 東北大学 河田雅圭名誉教授によれば、人の場合は他の霊長類と比較して、不安を抑える神経物質の放出量が少ないことで、不安を強く感じるようになっているそうです。これは、狩猟生活時代に捕食者から逃れられない不安を感じたり、食物を確保しなければという不安を増大させることで生存に有利な働きをしていたとも言われています。

 また、自身の危機管理能力の一つとして、不確かさに対して、不安を覚えるメカニズムが存在するとも言われています。不確かさについては、 ポジティブな面では好奇心、ネガティブな面では危険回避能力というような「不確かさ」が起因する2つの要因のなかでバランスを取りながら葛藤しているというのです。


 さらに、多くの霊長類にも「不安」という情動があるとされていますが、ヒトは他者の不安を、自分の不安として引き受けることが出来るというヒト特有の特徴をもつことで、社会形成の基盤にしてきたと考えられています

他者の感情に影響を受ける・・・といような情動によって、他者に対する「思いやり」を感じることができるという仕組みが脳の前帯状皮質に存在するそうなのです。

 京都大学ヒト生物学高等研究拠点 雨森賢一准教授によれば、前帯状皮質には不安に関わる24野と共感に関わる32野が存在し、ヒトは他の霊長類と比較して32野の領域が大きいことによって、他者の不安を自分の不安として引き受け、結果的に他者の感情に影響を受けるという特徴を持つようになったとしています。

 このように、脳の共感を司る部分が不安に影響をあたえるというような、不安と共感が相互作用することでヒトの意思決定に関わっている仕組みが存在することで他者と関係性において社会的コンセンサスを得るための重要な役割をしている可能性があるというのです。

 このような仕組みからすれば、人間関係は脳科学的にも大きな影響をもたらすことになります。

 帝京大学医学部精神神経科学講座 功刀浩主任教授は、そもそも100%確実なコミュニケーションというような手段は持ち得ないという前提がある中で、コミュニケーションの不確実さを理解しているということが相手に伝わることで、親しみにつながると述べています。

 そして、もっとも伝わるメッセージが、非言語的コミュニケーションである、会話の中での「間・・・」や、「考えているしぐさ・・・」だとしています。

 「間・・・」は、相手にとっては「考えている・・・」というメッセージとなり、その時間は「聴いているよ・・・」という明確なメッセージにもつながります。

 そして、「考える仕草・・・」は、「貴方のことを、ちゃんと考えていますよ・・・」「自分の考えを押し付けていません」というメッセージとして伝わるのです。

 「傾聴」という言葉がありますが、この二つの非言語的コミュニケーションは聴き手が相手の気持ちに共感しながら話を聴くことに対して、有効かつ具体的な手段の一つとして意識することが大切です。

 そして、「聴いているよ・・・」というメッセージが伝わることで、コミュニケーションが深まり、そこを起点に、「この人のことをわかろう・・・」という気持ちにつながっていきます。
 コミュニケーションがうまくいくかどうかの不安は大きいいっぽうで、その不安が相手に伝わることでコミュニケーションの潤滑油的な働きをしていくと考えることができれば、不安をポジティブに活用するということにもなってきます。

 不安が無ければ前に進めないし、前に進もうとするから不安があるということからすれば、不安があった時には、「自分は、何か新しい変化をしようとしている・・・」と考えることで、不安といい関係をつくることで、不安を燃料にすることもできるのです。
  

Posted by toyohiko at 19:44Comments(0)社会を考える

2024年12月26日

「責任」と変わりたくない心




 慣性の法則という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、これは物理学の基本的な考え方のひとつで、「止まっているものは止まり続けようとし・・・、動いているものは、その方向も含め、動き続けようとする・・・」という自然界の基本的な法則です。

 この慣性の法則は、物理学の世界だけではなく人間社会の中でも数多くみられる現象であることはご存知でしょうか、「このままで大丈夫・・・」「このままの方が良い・・・」というような正常性バイアスや、「変わりたくない・・・」という変化への恐れなど原因は様々だとは思いますが、社会に於いても慣性の法則に似通った状況は多くの場面で見られるのではないでしょうか。

 「変わる」ということをのみを考えてみた時には、「変化のための変化」を信じて追及してしまうような状態も、「動き続けようとする・・・」慣性の法則に当てはまっているのだと思います。

 社会ということを考えた場合には、自身に関わる多くの事柄についてそれなりの責任がついて回ってきます。
 対人関係においても、相手が一方的に悪いということは少なく、双方の関係性によって成り立ってきますし、有形・無形の文化的価値や自然環境に関しても、水、土、大気・・・それに関わる微生物を土台とする壮大な生態系はお互い複雑に絡み合うことでバランスをとっていますが、誰かが整えてくれるものではなく、多くの人たちの行動の積み重ねによってはじめて成り立っているという意味では、自身も主体者のひとりであり、その責任を負う一人です。

 しかしながら、その責任負う一人として行動に移すことが出来る人は残念ながら少数派であることも現実です。

 正常性バイアスは、人間が健やかに生きるために必要な心のメカニズムとして、日常的な変化や新しい出来事に対して過剰に反応しないよう、心の平穏を保つ働きとして必要だとされている一方で、「現状で、大丈夫・・・」というような、多くの事態に対して過小評価してしまうというデメリットとして使われることが多い言葉です。

 こうした、「現状で、大丈夫・・・」という心理状態は、事態を真剣に捉えている立場からすれば、「変わりたくない心の持ち主・・・」に見えるのだと思います。
そして、その「変わりたくない心」は誰もが持っている心なのだと思います。

 しかしながら、自身の「変わりたくない心」に気付くことが出来る人はどのくらいいすのでしょうか・・・?
 その心に気付き向き合えることが出来る人はどれくらいいるのでしょうか・・・?

 自分自身はその心に気付けないとしても、周りの人たちは気付いていたり、気付いた人たりは、「変わらない・・・」態度に対して、モヤモヤ感を抱いていたり、「反対派」というような認識を知らず知らずのうちに抱いていることは多いのかもしれません。

 フランスの哲学者のジャン・ギトンは、目の前の仕事について、「天職」と「野心」に区別し、天職か野心のどちらに従おうとしているかを次のように問いかけるべきだとしています。

 野心は不安です。 天職は期待です。
 野心は恐れです。 天職は喜びです。
 野心は計算し、失敗します。
 そして成功は、野心のすべての失敗の中で最も華々しいものです。

 チーム人とって自身の果たすべき役割や責任を常に考えている人であれば、「この仕事を誰が引き受けてくれるか」と問われた時に、ためらうことなく「ハイ、私がします」と応えることができます。そのような姿勢で自らが取り組んだ仕事は、その目的に応えた「天職」になるとジャン・ギトンは説明しています。

 反対に、その呼びかけに応えたくないと思いつつ、他に引き受ける人がいないのでやむをえず引き受ける仕事は天職とは感じられないでしょう。しかしながら、積極的に仕事を引き受ける人が、自分の仕事を天職になるかと言えば必ずしもそうとは言えないことも現実です。

 野心が「不安」であり「恐れ」である最大の理由は、他者に認められようとする承認欲求です。
そのような人の使う「野心」という言葉は、自分をよく見せようとする、自分を大きく見せようする「虚栄心」からの言葉であることが多いために、「結果につながらないかも・・・」「認めてもらえないかも・・・」という不安にいつも苛まれているともいえるのです。

 自分が認められるためだけにした仕事の結果は、一見成功に見えたとしても実は失敗なのかもしれないということなのです。

 そのように考えれば、「変わりたくない心」は不安や恐れの表れであり、その「不安」や「恐れ」を悟られたくないという気持ちが、相手に対しての不敬な態度につながってしまうのであれば、責任のある行動としては周りの人からは見てもらえないという結果になってしまうのだと思います。

 本来の課題に向き合うことなく、相手に矛先を向けてしまうことでマイクロアグレッションと呼ばれるような自覚のない差別的行動や不敬な態度につながり、さらに分断という事態を引き起こしてしまうリスクさえあるのです。

 感情と行動をしっかりと区別した上で、自分とは異なる価値観や考え方を尊重し、相手の感情や思考を想像して上で・・・、

自分自身の態度や行動が、誰のためであるのか・・・
その行動が独りよがりでなく、周りの人たちとの意思疎通が出来ているか・・・
行動の結果、周りの人たちの「幸せ」にどのようにつながっているのか・・・

を、常に意識することで、「大きく見せたい故に結果への不安や恐れ」から少しでも遠ざかることが出来るのかもしれません。


  


Posted by toyohiko at 09:34Comments(0)社会を考える

2024年12月20日

腸内細菌によるストレス緩和・睡眠効果のメカニズムについて考えるⅡ



 前回に引き続き、ヒトの健康に対して大きな影響を与えている腸内細菌-腸-脳相関についての研究事例をご紹介させていただきます。

 徳島大学大学院医歯薬学研究部医療教育学分野の西田憲生准教授は、「ストレスそのものは悪いものではなく、ある程度のストレスは生きていくうえで必要です。」と述べた上で、一方で、過剰なストレスが持続的にかかると、心身にさまざまな症状が現れてしまうために、その改善にも睡眠は大変重要だとしています。

 徳島大学ストレス制御医学教室では、ヒトのストレス状態を反映するストレスバイオマーカー(生物指標化合物)を探索する研究をしていく中で、プロバイオティクスによるストレスの軽減についてヒトに対する臨床研究がありますのでご紹介させていただきます。

 この研究は3年間にわたり、徳島大学医学部の学生延べ140人に対して、4年生から5年生に進級する際に実施される学術試験の8週間前から試験直後まで、プロバイオティクスであるL.カゼイ・シロタ株を含有する飲料摂取群と、プラセボ飲料摂取群とに分けて実施した、二重盲検プラセボ対照平行群間による比較試験です。

 使用した、ストレスバイオマーカーとしては、ストレスがかかると分泌量が増える、唾液に含まれる副腎皮質ホルモンのコルチゾール。
 そして、睡眠の評価については、主観的指標に「OSA睡眠調査票MA版」という起床時に16の質問に答えるアンケートを採用したとともに、客観的指標の簡易睡眠脳波計による脳波の実測データを用いて、覚醒している状態から眠りに入るまでの時間である「睡眠潜時」、「深睡眠時間」、「デルタパワー」の3つの項目でのデータの解析を行いました。

 この3つの指標に関しては、1つ目の、睡眠潜時は就寝までの時間を表わし、寝つきの良さの指標として使用しています。

 2番目の深睡眠時間は浅い眠りのレム睡眠に対して、深い眠りのノンレム睡眠時間で、脳を冷却してしっかりと休ませるための働きに関する指標になります。

 3番目のデルタパワーについては、深い睡眠によって、脳の休息と回復が進んでいることを表していると考えられているための大切な指標になります。

 3年間にわたる実験の結果によりますと、8週間前から試験直後の継続飲用によって、ストレスホルモンと言われる唾液中のコルチゾールの上昇が、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では抑制されていただけでなく、血液中においてストレスホルモンに影響を受けていると思われる遺伝子の活性度合いを調査した結果、ストレス応答遺伝子の変動も抑えられていたというのです。

 更に、ストレスを伴う睡眠に関して言えば、医学部生の進級時に受ける学術試験前後の睡眠の状況について、被験者94人をL.カゼイ・シロタ株飲料摂取群と、プラセボ飲料摂取群とに分け、試験前8週間から試験後3週間まで毎日飲用してもらうという2年間にわたる調査の結果、OSA睡眠調査票MA版の解析から、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では、起床時にすっきりした目覚めを示すスコアが有意に改善されており、体感としてよく眠れたことを示す睡眠時間の延長も認められました。

 また、脳波計での解析結果についても、L.カゼイ・シロタ株飲料の摂取群では、睡眠潜時が延長することなく、寝つきの悪化の防止効果が明らかになったり、非飲用群が学術試験が近づくにつれて就寝直後の深い睡眠が短縮していくのに対して、優位に短縮を防ぐことができることで、試験というストレス状況下においてもぐっすりと眠れていることが確認されています。

 更に、デルタパワーの値も増大し、学術試験前の勉強で脳をフル回転させたときほど、力強く深く眠れることによって脳が休息・回復できているという結果が示されたのです。

 この試験の結果に対して、西田憲生准教授は、「学術試験を終えて3週間後まで調査をしていますが、L.カゼイ・シロタ株飲料摂取群では、試験後の回復が主観的指標と客観的指標を合わせた各項目のいずれも、良い傾向にありました。対してプラセボ飲料摂取群では、試験を終えてもなかなか元には戻っていません。試験に限らず、過剰なストレス下であっても、眠れることができれば、回復も早いのだと、改めて考えさせられました。」と述べており、プロバイオティクスを利用したストレスと睡眠に対する効果については、腸内細菌による、自律神経への調整の作用への関与に対して大きな関心を寄せており、「腸内細菌の環境が保たれることで、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが良い方向に調整され、寝つきが良くなり、深くよく眠れて、寝起きがすっきりとして、疲労回復につながるといった、良い睡眠に至る連鎖が起きると考えられます。」ともしています。

 脳腸相関という言葉には、ヒトの器官である脳と腸の二つの関係性だけでなく、腸内細菌叢の状態を機序とする「腸内細菌-腸-脳相関」というアプローチは益々欠かせないモノになってくるのだと思います。


  


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2024年12月13日

腸内細菌によるストレス緩和・睡眠効果のメカニズムについて考えるⅠ




 脳腸相関という考え方が広がりつつあるなか、腸内細菌叢と宿主であるヒトの精神状況への作用に関する研究報告も多くみられるようになり、「腸内細菌-腸-脳相関」の概念が広く認知されるようになってきました。

 徳島大学大学院医歯薬学研究部医療教育学分野の西田憲生准教授によりますと、脳と腸との関係については、神経系の伝達だけでなく、腸の情報が迷走神経や血液を介して脳に伝わって脳機能にも影響を及ぼすなど、脳腸相関において腸内細菌は重要な働きをしていることが解りつつあると述べており、現在では、大きく分けて神経因子と液性因子の二つの伝達経路があることが解ってきました

 そもそも、ヒトなどの哺乳類の脳は、原始的な動物の腸管神経系が進化したものと考えられており、また、腸管神経系は、胎児期に頸部の迷走神経堤細胞が腸管に沿って形成されることからしても脳と腸管神経系には密接な関わりがあることがわかっています。

 神経因子と呼ばれる仕組みとしては、腸管免疫システムの中で重要な役割を担っているM細胞や樹状細胞などが、腸内環境の状態を認識することで迷走神経を通じて、中枢神経系とされる脳に伝達されるような仕組みになっています。

 また、脳に伝えられた情報は、そのほかの情報と統合されることで適切な情報に更新され、腸管を含めた全身に伝えられるという相互の伝達のメカニズムになっているのです。

 一方、液性因子は、消化管ホルモンや腸内細菌により産生される様々な代謝物が血流を通じて、中枢神経系に直接的あるいは、間接的に作用する仕組みであり、この二つの調整因子によって、腸内細菌-腸-脳相関のネットワークが形成されることで、ヒトの恒常性の維持向上に大きな役割を担っていると考えられています。

 このメカニズムを裏付けるような研究事例として、腸内細菌を全く持たない無菌マウスによる研究報告もあります。

 この実験は、無菌マウスと無菌マウスにビフィズス菌を与えた場合のストレス応答につついて九州大学の須藤信行教授らの研究グループによって行われたもので、無菌マウスは、通常の腸内細菌を持つマウスに比べて、生体のストレス応答が過剰になることが明らかになったと同時に、ビフィズス菌を無菌マウスに与えると、過剰なストレス応答が通常マウスと同等レベルまで抑制されるということが明らかになったと報告しています。

 既にご存知の方も多いかもしれませんが、腸内細菌叢とストレスとの関係は以前から、多くの研究がなされており、ストレスによって腸内細菌叢の乱れにつながることは明らかになっています。

 このような関係からしても、迷走神経が担っている情報伝達量の約90%と言われる脳と腸との伝達の仕組の解明は重要であり、腸内細菌が迷走神経を整えている、という研究報告もあるようです。

 ヒトの健康に対して大きな影響を与えている腸内細菌-腸-脳相関についてこれからの研究成果に大きな期待がかかっています。


  


Posted by toyohiko at 09:00Comments(0)身体のしくみ

2024年12月05日

あらためて「睡眠の質」について考える



 日本での「睡眠に対する軽視」は、「寝ずに頑張る・・・」、「夜通し頑張る・・・」というような睡眠を削るという生活習慣に対して、ポジティブな言い回しが存在することからも指摘され始めています。

 実際に、日本人の約5人に1人は、睡眠の質に影響を与える「睡眠時間の不足」 「日中の眠気」「睡眠中の覚醒」など、睡眠に関わる問題を抱えていることがOECDの調査で明らかになり、2021年の報告では、日本人の平均睡眠時間が調査した33カ国の中で最も短く、各国平均に対して1時間も少ないことも明らかになっています。

 しかも、2022年10月発表の「健康日本21」の 最終評価によれば、「睡眠の質」の評価において、維持向上しているという状況ではなく、悪化しているという判定になっているのが現状です。

 そもそも、「睡眠に対する軽視」は、自らの健康に対する軽視のみならず、睡眠不足によってもたらされる交通事故や労働災害などの社会的影響をも社会全体が軽視しているということにもつながっています。

 日本睡眠学会理事長で久留米大学学長 内村直尚氏によれば、睡眠には、「身体や脳、 こころの休養や疲労回復」という大きな役割があるとしています。

 眠っているときはストレスから解放され、日中の活動で酷使し、ストレスをかけ続けた身体や脳の疲労を回復させます。
 さらに、交感神経と副交感神経を調整し、脳をはじめとする臓器を休ませるために体温を下げるなどの機能を働かせ、エネルギー消費量を抑えるとともに蓄えることで、成長に必要な成長ホルモンなどの分泌や、免疫機能の調整、さらには記憶の定着強化など身体の様々な機能の調整機能を担っているのです。

 また、2019年に厚生労働省が発表した「国民健康・栄養調査」では、20~59歳の各世代で、睡眠時間が6時間未満の人が約35~50%を占め、5時間未満は約5~12%に上るという結果が報告されています。
 このように睡眠時間が短いことで、肥満、 高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管疾患、 認知症、うつ病などの発症リスクが高まることとともに、覚醒時間が長くなると、交感神経が優位な状態が長く続き、血圧上昇、インスリン抵抗性増大など、 身体のさまざまな働きに影響を及ぼし、身体疾患や精神疾患の発症 悪化 死亡リスクが上がるとも考えられています。

 睡眠については、「寝る時間がない・・・」というような生活習慣に依存するものと、「寝られない・・・」という身体の状態によるものがありますが、「眠れない・・・」原因の多くは、ストレスとされています。
 睡眠とストレスは表裏一体と考えられており、強いストレスは交感神経を優位にし、入眠困難、 中途覚醒、 浅い睡眠などで、睡眠時間も睡眠休養感も満足できるものではなくなります。そのため、眠れているかどうかは、ストレスの程度やストレスからどのくらい心身が追い詰められているかを反映する、一つの指標になるとされています。

 内村直尚氏は、目覚めたときに、「心身を休めることができた」「すっきりとした目覚め」という充足感は、その人の健康度を反映する指標であり、自覚できる指標の一つとして、重視してほしいと述べています。

 睡眠に対する大きなマイナス要因は、ストレスと生活リズムの乱れと言われています。

 眠気と言われる睡眠欲求は、覚醒時間のみならず体内時計に大きく依存すると考えられていますので、起きてから、朝日をしっかり浴びる 状態を起点として、約16時間後(高齢者では15時間後)に睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンが分泌されます。
 当然、メラトニンの原料であるセロトニンやセロトニンの原料と言われるトリプトファンが必要になりますので、タンパク質を中心とした朝食をしっかり摂る習慣も大切です。

 そして、メラトニンが分泌されることで、急激に覚醒水準が下がり「眠気が襲ってくる・・・」という状態になります。
 しかしながら、その手前の時間帯は一般的に覚醒水準が高くなっているために、食後のうたた寝などが、入眠障害につながるというケースも指摘されています。
 また、一般的には、19時から22時位が覚醒水準の高い時間帯といわれていますので、そのような体内時計のリズムを意識して、寝床に入ることも有効な手段の一つです。

 また、ストレスについては眠れているにも関わらず、「眠れていない・・・」と感じることや、「寝なければいけない・・・」という強迫観念からくすストレスによって交感神経を刺激してしまい、睡眠の質が下がるということはよくあるとされています。

 睡眠に対する不安がある場合は、「適度な疲労感を感じる程度の運動を意識して、眠くなったタイミングで入眠し、朝は一定のリズムで起床する・・・」という、遅寝早起きが有効だとされています。

 また、近年ではウェアラブルデバイスの発達によって、睡眠に対する詳細なモニタリングも可能になってきましたが、加齢とともに睡眠する力も変化してきます。

 例えば、10代までの睡眠は、20%くらいが深い睡眠ですが、60歳を過ぎると深い睡眠は2~3%と大きく下がるとされています。
つまり、 加齢によって深い睡眠は減り、浅い睡眠が多くなるのは、ごく自然なことであり、心身の機能に悪影響を及ぼすことはほとんどないとされています。にも関わらず、若い頃のようにぐっすりと眠りたいと切望する高齢者はたいへん多いという認識のずれによる「睡眠への不安」もあるのです。

 このようなことからすれば、睡眠に対しての仕組みを理解し、それに基づいたメリハリのある生活のリズムを送ることが「睡眠の質の向上」につながるのでないでしょうか。


  


Posted by toyohiko at 17:14Comments(0)身体のしくみ

2024年11月29日

マイクロプラスチックの人間の身体への影響を考える




 海洋中のマイクロプラスチックについての問題は、環境問題の一つとして取りあげられてきており、「鳥類や魚類の消化器官の内容物の中にプラスチック片が発見された・・・」というようなセンセーショナルな映像などが報道されており、大きな反響があったことなども記憶に新しい方も多いかと思います。

 近年では魚類などの水産物に蓄積された、ナノレベルの微細なマイクロプラスチックや、水中に溶けこんでいるものや大気中に浮遊しているものも存在してることが明らかになるにつれて、人類の健康問題へと変化しつつあります。

 そのような中、ニューメキシコ大学のマシュー・キャンペン教授が、「平均年齢が45〜50歳の正常な人の脳組織で確認されたマイクロプラスチックの濃度は1グラムあたり4800μgで、脳重量基準で0.5%だった」というような研究報告がなされたというのです。

 この報告は、マシュー・キャンペン薬学教授が率いる研究チームによって、2016年から2024年までニューメキシコ州アルバカーキの検死所で採取された人間の肝臓、腎臓、脳の前頭葉皮質の剖検サンプルを分析した結果、脳で発見されたマイクロプラスチックの量が他の臓器と比較して最大30倍の濃度が検出されたことによるもので、アメリカ国立衛生研究所を通じて公開されています。

 さらに、この研究チームによれば、アルツハイマーを含む認知症で亡くなった人々の脳サンプル12個を調べた結果、健康な脳よりも10倍多くのプラスチックが含まれていたことから、脳内のマイクロプラスチックの増加が、認知症発症率の増加と関連があることも示唆しています。
 
 近年、様々な研究報告でマイクロプラスチックなどが、人体の様々な臓器で発見されているというような事例も多くなってきました。

 このような現状に対する健康被害についても、センセーショナルに受け取り、反応することなく冷静に見守る必要があるのではないかと思います。

 既に、社会生活の中で我々は、多くのプラスチック製品の恩恵を受けており、切っても切れない現状にあります。そして、プラスチックの存在が悪いということではなくプラスチックが不用意に環境中に放出されることに問題があるという視点に立ち、課題を切り分けることが大切なのだと思います。

 現状での環境中のマイクロプラスチックの流出には、水が大きく関係しています。

 日常の洗濯による化学繊維の微小片を含んだ排水や、自動車や自転車などのすり減ったタイヤ片の排水溝への流入や粉じんによる大気中への飛散、そしてポイ捨てゴミの河川からの海洋への流出など・・・、自身が生活を送る中においても、ありとあらゆる日常でマイクロプラスチックの環境中への流出に関わっているのも現実です。

 また、ポリバケツの紫外線による劣化も環境中への放出のリスクの高まりと関係していることを考えれば、身近なプラスチック製品の保管や取り扱いも関係していることになります。

 最近話題になりつつある、水道水中のPFASの問題も人体への健康被害などの悪影響が叫ばれる中、汚染源の保管や処理の方法などの課題が表面化してきており、法整備が追い付いていないことなども指摘されています。

 更には、近年高まりつつある動物愛護の観点から広がる、天然毛皮からフェイクファーへの流れもマイクロプラスチックの環境中への放出という視点で考えれば、両者は両立しない関係であり、一つの答えに収束しにくい課題であるという側面も浮き上がってきます。

 プラスチックという既に社会生活に大きな恩恵をもたらしており、生活の中で切り離して考えることは出来ない存在に対する新たなる課題にどのように付き合い、対峙していくのか・・・というような社会課題は、身の回りも数多くあるはずです。

 このような課題だからこそ、一つの正解を求めるのではなく、正解のない問題として受け入れ、一人一人の行動変容を促しながら、分断や対立を煽るような事の無いよう・・・、お互いの立場を尊重しつつ、自身が出来ることを考え実行していくしか方法はないのかもしれません。


  


2024年11月22日

アレルギー症状と睡眠との関係を考える




 近年、多くの方々の健康に関する悩みの中で、次第に増えていると言われているのがアレルギー症状です。アレルギーは、免疫システムの暴走による自身への攻撃が原因と考えられており様々な症状を引き起こします。

 その中でも、日常的にQOLに大きな影響を及ぼす症状が皮膚のかゆみです。

 皮膚のかゆみなどの症状を引き起こす、代表例として挙げられるのがアトピー性皮膚炎で、小児で約12%、成人で約8%とされており、日本におけるアトピー患者数は増加傾向にあるとされています。

 かねてから、かゆみと睡眠との関係については、下肢静止不能症候群とも呼ばれるむずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)なども不眠の原因とされており、多くの関心を集めています。

 むずむず脚症候群の原因は、脳内の神経伝達物質であるドーパミンがうまく働かないことが原因と考えられており、アトピー性皮膚炎とはメカニズムが異なりますが、かゆみという症状が睡眠に大きなマイナスの影響を与えているということが言えると思います。

 そのような中、ポーランドのグダニスク医科大学医学部のアリレザ・コスラヴィ氏らの報告によれば、アトピー性皮膚炎によって集中力の低下、睡眠効率の低下、IQの低下など、短期的な神経認知課題に関連しているという可能性が示唆されました。

 報告によれば、アトピーによる睡眠障害は、単なる「かゆみで眠れない」という問題だけではなく、アトピー性皮膚炎に伴う慢性的な炎症が、体内の免疫システムに影響を与え、それが睡眠-覚醒リズムを狂わせることで、脳の働きにも大きな影響を与える可能性があるというのです。

 更に、27万人以上を対象とした大規模な研究により、アトピーによる睡眠障害が認知機能に与える影響も明らかになってきたという報告もあります。

 具体的には、注意力散漫による集中力の低下、さらに記憶力の減退や学習能力の低下や感情コントロールの困難さなどの短期的な影響のみならず、長期的には、子どもの場合では学業成績への影響や知能指数(IQ)の低下リスクに加え、ストレス耐性の低下やうつ病などの精神疾患リスクの上昇なども指摘されているようです。

 現在のところ、慢性アトピー性皮膚炎に関連する潜在的な長期認知機能低下に関するエビデンスは充分とは言えない状況ではありますが、アトピー性皮膚炎における睡眠の質の低下が神経認知障害の関係性については、短期的な影響については明らかになっていることからすれば、さらなる知見の必要性があると言えそうです。

 冒頭にも述べましたように、様々なアレルギー症状は免疫システムの暴走から起こるとされています。

 また、免疫システムの多くが腸管内やそこに共生している、腸内細菌と言われる共生微生物と大きく関わっていることからすれば、免疫調整作用や睡眠の質の向上につながるプロバイオティクスを利用した腸内環境を整えるためのアプローチもスキンケアを中心とした医学的な治療と併せて取り入れることも必要なのかもしれません。




  


Posted by toyohiko at 13:26Comments(0)身体のしくみ

2024年11月13日

プロバイオティクスを活用した治療について考える(Ⅱ)




 手術などの外科的治療が必要となるような重症患者において腸内細菌叢がディスバイオーシスと呼ばれるような状態に陥っており、術後の感染合併症のリスクの上昇や入院期間の長期化など、手術後の予後に対して大きな影響を与えているとされています。

 そして、腸内細菌叢を維持していくために医療現場でプロバイオティクスを利用したり、プレバイオティクスを併せたシンバイオティクス療法によって下痢や便秘などの消化器系の不調や人工呼吸器肺炎などの感染合併症の予防効果が期待されています。

 その中でも、胃がんのように腫瘍部の切除によって、胃液の減少による感染源となる細菌などの腸管への侵入リスクの増加が伴うようなケースもあります。

 胃がんは、がんによる死亡数で性別によって順位が異なっていますが、男性では肺がんに次いで2位、女性では大腸がんに次いで3位と死亡数の比較的多い癌として知られています。

 胃は、食道に続く臓器で、「食べたものを一時的に蓄える」、「食べたものの一部を消化する」「食べたものを殺菌する」などの働きをすることで、栄養分を吸収するための臓器である腸にバトンを渡す役割をしています。

 しかしながら、手術によって胃をすべて切除したり、部分的な切除によって胃が小さくなることで、通常通りの食事量が胃の機能に対して過剰になったり、良く噛まずに飲み込んだりすることで、「ダンピング症候群」、「小胃症状」、「逆流性食道炎」などの合併症を起こしやすくなるとされています。

 そのために、食事の際には少量ずつゆっくり食べることが必要になってくるのですが、気を付けていても、手術後は胃と他の消化器官との連携が上手くいかないことで便秘や下痢などの不調に繋がるケースがあるようです。

 そして、胃の切除手術を受けた人と受けていない人を対象とした調査では、胃切除手術を受けた人の約6割に、便秘や下痢といった便通異常の自覚症状があるという報告もあります。

 下痢の原因については、ほとんど消化されない食べ物がそのまま小腸に入ってしまうことで、小腸での消化吸収が追いつかないことや、食べ物などと一緒に入ってきた細菌が、殺菌作用の強い胃酸の影響を受けずに小腸に達してしまうことで、腸内細菌のバランスが乱れてしまい下痢の誘発に関わっていると言われています。

 一方、便秘は手術後の食事量の減少、排便に必要な腹筋力の低下、腸管の癒着によって便の移動が滞ってしまい過度に水分が吸収されてしまうことや、胃を切除した際の迷走神経の切断によって腸の運動が鈍くなってしまうことなどに起因すると言われています。
 
 下痢と比較しても、便秘の方が食事後のおう吐や逆流性食道炎、腸閉塞の原因にもつながる可能性が指摘されていますので、症状の長期化には気を付ける必要があるとされています。

 そのような中、胃を切除し便通異常を訴える118名を対象に行われたプロバイオティクスを利用した便通異常に対する改善効果に関する報告がありますので、ご紹介させていただきます。

 方法としては、乳酸菌シロタ株の入った乳飲料とプラセボ飲料(色や風味は同じで乳酸菌 シロタ株を含まないもの)を毎日1本4週間飲んでもらい、便通に対する影響について頻度、便性状に関するアンケートに毎日記入してもらい、その結果をスコア化するという方法で行っています。

 更にその中から便秘スコアが平均値より高い人を「便秘ぎみ群」、下痢スコアが平均値より高い人を「下痢ぎみ群」、両スコアとも平均値より高い人を「便秘+下痢群」、残りの人たちを「正常群」に振り分け、解析を行いました。

 解析の結果、乳酸菌シロタ株乳飲料の飲用により、「便秘ぎみ群」の便秘症状、「下痢ぎみ群」の下痢症状がプラセボ飲料を飲用したグループに対して、優位に改善されるという結果になったとともに、便を用いた腸内細菌叢の解析結果についても「便秘ぎみ群」でも「下痢ぎみ群」でも乳酸菌シロタ株の入った乳飲料の飲用によって改善されるということが報告されています。

 胃がんは代表的な癌であり、かつては死亡者も多い癌でしたが、手術の技術向上によって長期生存者が増加しているという非常に良い傾向になっている一方で、便秘や下痢などの症状などをはじめとする様々な後遺症に悩んでいる方が多いという現実もあります。
 
 現在では、胃を切除した患者さんの便通異常は、器質的な原因によって生じると考えられ、今のところ根本的な対処法がないとも言われている現状ではありますが、今回の報告のように、胃がん手術後に便通異常を訴える人に対して、乳酸菌シロタ株が役立つ可能性が示されたことはQOLの向上についても大きな期待につながります。

 これらの事例のように、病気になる前に病気にならない身体に・・・という予防医学の実践に対して、プロバイオティクスを活用するだけでなく、病気や怪我をしてしまった時に、症状がひどくならない・・・というケースにおいても臨床ベースでプロバイオティクスが利用され始めているということからすれば、日頃からのプロバイオティクスを利用した、予防医学の実践が、なってしまったときの重症化の予防にもつながると考えることもできますね。


  


Posted by toyohiko at 13:02Comments(0)身体のしくみ

2024年11月08日

プロバイオティクスを活用した治療について考える(Ⅰ)




 手術が必要と言われるような治療や救急搬送されてくるような治療が必要となる重症と言われるような状態では、怪我や病気そのもののみならず、それに関連してくる様々な感染症のリスクが上がってくるために、感染症の予防として本来の処置だけでなく様々な対策が取れられてきました。

 大阪大学医学部附属病院 高度救命救急センターの清水 健太郎氏によれば、従来は手術後の感染症の対策として、抗生剤の投与という処置が当たり前のように行われていた状況もその内容が大きく変化しているとしています。

 手術のみならず、身体に大きなダメージを受けるという場面においては、感染源となる微生物やウィルスの侵襲により免疫システムに大きな負担がかかります。
 免疫システムに大きな負荷が掛かるということは、そのシステムの大部分を抱えている腸管を含めた消化管内やそこに関わる腸内細菌叢と呼ばれる共生微生物にも影響を及ぼすことが近年の研究で解ってきています。

 実際に多くの症例で、重症患者の腸内細菌叢において善玉菌と言われるようなラクトバチルス属やビフィドバクテリウム属などの偏性嫌気性菌に分類される細菌類の顕著な減少や、それらの微生物が産生する短鎖脂肪酸の減少が多くの事例で確認されていることからも身体に対する大きなダメージと腸内細菌叢のディスバイオーシスと言われるような状態との関係性が指摘されています。

 このディスバイオーシスと言われる腸内細菌叢の均衡が崩壊している状態は、「有益な微生物の減少」、「病原性細菌の増加」「腸内細菌叢の多様性の低下」の3つの状況によるものと定義されており、記憶に新しいところでは、新型コロナウィルス感染症の重症患者では早期からディスバイオーシスの進行が指摘されていたという報告もあるようです。

 更に近年の研究では、術後などの強度に身体に負担がかかった状態での感染合併症と腸内細菌ととの関連をみていくと、健常腸内細菌叢の大部分を示す偏性嫌気性菌数と病原菌である大腸菌や緑膿菌などの通性嫌気性菌数が最も関連していることにも注目が集まっています。
 
腸内細菌叢のディスバイオーシスは術後の予後と相関があることが他分野でも報告されており、重症患者においてもバクテロイディス門とファーミキューティス門の比率が予後の状態と相関することが報告されており、抗菌薬で病原菌を減らすことだけでなく、プロバイオティクスやプレバイオティクスなどを用いた腸内細菌叢を保つ治療の妥当性を示唆するような流れになりつつあるようです。

 術後や事故などによる侵襲に対しては、プロバイオティクス治療という発想が無かった頃には、腸管内除菌が主流であり病原細菌を中心とした細菌を減らすことで処置をしていましたが、近年では腸内細菌叢のディスバイオーシスの予防に関しても多くの臨床研究がなされています。

 2002年には、Rayesらが肝移植の術前にシンバイオティクスを経腸栄養と共に投与することで、術後の感染合併症の比較をしたところ、腸管内除菌群が48%に対して, シンバイオティクスが13%と有意に減少したという報告をしています。
 
また、2005年にも、名古屋大学での臨床研究で101人の胆管がん患者を対象に、術前にビフィドバクテリウム・ブレーベとラクトバチルスカゼイ・シロタ株を飲料として術前に2週間摂取したところ, 感染合併症が対照群 30.0%に対して、投与群が12.1%と有意に低かったというような同様の報告もあります。

 さらに、プロバイオティクスやプレバイオティクスを同時に投与するシンバイオティクスの術前投与の臨床研究が多く発表されていますが、安全性の面でも2020年にAnnals of Surgeryに発表された2723人を対象としたメタアナリスでは、プロバイオティクスとシンバイオティクスともに術後感染症を減少させかつ安全であるとの報告もなされています。

 これらの結果の影響もあり、事故による大怪我や術後の侵襲が大きい状態では、腸管内除菌よりも常在菌を増やす方が感染合併症を予防する効果があるとの認識も広まりつつあるのです。

 プロバイオティクスやプレバイオティクスを利用した常在菌の安定が、非常時の身体に対する負荷について、感染症などのリスクを軽減することも明らかになりつつあるようですが、事故や手術が必要な状況は、突然に訪れることが殆どです。

 そのためにも、日頃からの腸内細菌叢を意識した腸活は、「病気になる前に、病気にならない・・・」だけでなく、「病気になる前に、病気になった時に重症化しないために・・・」という、予防医学のための生活習慣のひとつにもなるのだと思います。


  


2024年11月01日

腸内細菌は身体に悪い物質もつくってしまうのか?




 近年の研究で、腸内細菌のつくり出す短鎖脂肪酸などの物質が宿主であるヒトの健康の維持増進に大きく寄与していることは、広く知られるようになりつつあります。

 また、短鎖脂肪酸のみならず、ビタミン類など代謝物として様々なものがあると考えられており腸内環境を整えることによる健康効果に期待が高まっています。

 そのような中、トランス脂肪酸の一つであるエライジン酸を産生する腸内細菌が存在することが解ってきたというのです。
 トランス脂肪酸は、LDL-コレステロールを増やし、HDL-コレステロールを減らす働きがあり、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患などの病気のリスクを高める可能性があることで知られています。

 理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チーム 大野 博司氏らの研究によれば、肥満・高血糖を悪化させる可能性のある腸内細菌の一つとしてファーミキューテス門のFusimonas Intestini(FI)菌に着目し、マウスによる実験と併せて、肥満・糖尿病患者と健常者のそれぞれ34人の糞便中に含まれる腸内細菌の解析に関する報告をしています。

 マウスによる実験では、腸内に大腸菌のみ定着させたマウスの餌にFI菌を添加して腸に定着させた場合と大腸菌のみの場合とでの比較試験を行った結果、FI菌が定着しているマウスの場合には、通常食では、体重や脂肪量に変化が見られなかったのに対して、高脂肪食を与えた場合には、体重と脂肪量が増加したのみならず、血中コレステロール濃度が上昇しただけでなく、トランス脂肪酸の一つであるエライジン酸の上昇がみられたというのです。

 この実験によれば、FI菌と高脂肪食という組み合わせによって、エライジン酸が産生されている可能性が示唆されたということになります。言い換えれば、FI菌は高脂肪食を摂取し、トランス脂肪酸を代謝しているということです。

 さらに蛍光標識された多糖類(デキストラン)を経口投与し、その血中濃度を測定することで、どれだけ腸管から吸収されたかを調べたところ、大腸菌のみを定着させたマウスと比較して、大腸菌に加えてFI菌を定着させたマウスでは、腸管バリア機能が低下しているということが明らかになりました。

 すなわち、FI菌によって産生されたエライジン酸がリーキーガットの状態を引き起こし、エライジン酸そのものも含めた様々な物質が腸から体内に漏れている可能性が示唆されたということになります。

 また、肥満・糖尿病患者と健常者のそれぞれ34人の糞便中に含まれる腸内細菌を解析したところ、FI菌を保菌している人の割合が肥満・糖尿病患者では、健常者の2倍ほど高いという報告もあり、ヒトにおいてもFI菌の定着によるリスクの上昇が示唆されています。

 肥満は慢性炎症の状態であるという指摘は、以前からありますが、その多くはリーキーガットによる様々な物質の腸管からの体内への流出が大きく関係している可能性も指摘されています。

 従来、トランス脂肪酸は摂取することのみで健康に対して影響を及ぼすと考えられていましたが、腸内細菌が産生することで同様の状況が起きてしまう可能性が明らかになったことは、大きな驚きともいえます。

 今回のように、腸内細菌はさまざまな代謝物を産生しますが、その中には、肥満や炎症などを引き起こす脂肪酸を産生し健康のリスクを高める場合があることも明らかになりました

 ただ、いかなる腸内細菌も摂取すべき物質があり、始めて代謝物につながるということからすれば、あらかじめ解っている特定の腸内細菌の大好物をなるべく抑えることで、その影響力をコントロールしていくという考え方は、従来の腸活の考え方にもつながります。

 FI菌の場合は、高脂肪食との相性が良いということであれば、食習慣の中で高脂肪食をコントロールすることで勢力図を変えることは不可能ではないのかもしれません。

 但し、食の嗜好は腸内細菌にもコントロールされていますので、ひょっとすると「強い意志」も必要なのかもしれませんが・・・。