2025年05月23日
運動と腸内細菌

トップアスリートと言われるような、選手たちが日常の身体的なトレーニングだけでなく、食事を含めた総合的な視点で様々な工夫をしていることは多くの方がご存知かと思います。
そのような中、近年注目を集めているのが腸内細菌のコンディションを整えることで、高負荷トレーニングによる免疫力の低下の軽減や、脳腸相関の考え方を利用した試合前のプレッシャーによる悪影響の軽減など、アスリートならではの「お腹の健康」というアプローチの仕方も色々な工夫がなされています。
また、スポーツと腸内細菌との関心は更に高まりつつある中で、2019年にはイギリスの医学雑誌Nature Medicineで、ボストンマラソンに参加した選手の腸内にVeillonella属類の細菌が増えているという研究結果が紹介されたり、アスリートや運動習慣のある人ではそうではない人に比べて腸内細菌叢の多様性が高い傾向にあることを示唆するような報告も増えつつあります。
一般的に健康でない人では腸内細菌叢の多様性が低いことから、健康を維持するためには腸内にいろいろな種類の菌がバランスよく住んでいる環境が重要だといわれています。 そのため、 運動が腸内環境に良い影響をもたらす、あるいは腸内環境を整えることで運動パフォーマンスの発揮や向上につながることが期待されています。
国立スポーツ科学センター研究員の谷村祐子氏によれば、アスリートと言われる人の多くは日常的なトレーニングなどによって、身体への運動ストレスが多く、その結果コンディションを悪化する方も少なくありません。日本のナショナルチームに所属するアスリートを対象とした研究でも、身体状態が良いと感じているアスリートは便秘や下痢などが少なく、良くないと感じているアスリートと比べて、 Faecalibacterium 属の量が有意に高いという報告があります。
Faecalibacterium属には抗炎症作用があることがしられており、運動による炎症を抑えている可能性も示唆されており、持久系のアスリートに多く存在しているという報告もあるようです。
また、運動習慣のない健康な20~60代の成人男女を対象とし、会話しながら運動ができるような強度の自転車エルゴメータ運動を8週間行うという実験では、腸内細菌叢と短鎖脂肪酸に加えて、トレーニング後の全身持久力の指標である最高酸素摂取量(VO2peak)の推移を観察していった結果、腸内細菌の多様性の指標である菌の種類の数の優位な増加がみられるという結果が報告されています。
更に、トレーニングによるVO2peakの変化量においても、変化量の小さいグループでは、VO2peakの増加量と腸内細菌の種数の変化量に有意な相関が見られたという結果となり、トップアスリートのような高負荷のトレーニングのケースとは異なるかと思いますが、適度な運動負荷が腸内細菌の多様性を高めることにもつながると言うことも出来ます。
さらに、VO2peakを増加させるメカニズムについても、腸内細菌中のBacteroides属の割合が高かったり、酢酸やプロピオン酸などの短鎖脂肪酸との正の相関が有意であることからすると、一般人の持久力の向上にもやはり短鎖脂肪酸の関与の大きさを示しているのと同時に、トレーニングによる持久力向上が、トレーニング前の腸内細菌の状態や、トレーニングに伴う腸内細菌の変化が影響を与えている可能性が示されたともいえます。
運動と腸内細菌が相互に影響し合うことが明らかになりつつあるなか、今回のような腸内細菌の多様性等の状態がトレーニングへの適応に関与に関する研究事例が進むことで、今後、個人の腸内細菌叢の特徴に応じたトレーニング戦略が、持久力や運動パフォーマンスのさらなる向上につながるという考え方が広がり、アスリートにとっても腸内細菌叢の改善が、健康や体調の維持、 運動パフォーマンスの向上のための欠かせない選択肢の一つになるのかもしれません。
2025年05月16日
「甘いもの好き」と微生物との関係について考える

「甘いものには目がない・・・」とか、「甘いものは別腹・・・」というかたも多いのではないでしょうか。
また、「甘いもの」は、脳の報酬系に作用すると言われていることからも、「やめられない・・・」「ついつい、口にしてしまう・・・」というややこしい面も持ち合わせているのが「甘いもの」です。
更に、砂糖をはじめとする糖分摂取量の増加によって、エネルギー恒常性の破綻を引き起こし、肥満や糖尿病などの健康課題において重要なリスクファクターであり、特に肥満については、単に体重が多いというだけでなく、糖化による慢性炎症の状態であることが多いためにあらゆる疾病のトリガーとしてのリスクも指摘されています。
そのような中、「甘いものは食べたいけど、その一方でなるべく控えたい・・・」というのが多くの方が思うところなのだと思います。
そこで、近年注目されているのはプロバイオティクスと呼ばれる消化器官を中心とした宿主の健康に良い効果をもたらす共生微生物です。
代表的なのは、乳酸菌やビフィズス菌などの糖を摂取して、乳酸や、酢酸、酪酸などの短鎖脂肪酸を代謝する微生物です。
ここで、疑問に思うのが、「糖は、腸内細菌のエサになるのにも関わらず、「甘いもの」を食べ過ぎると消化吸収されてしまい、肥満などにつながってしまう・・・」という事との矛盾です。
確かに、多くの糖質は、胃と小腸を通過する過程で消化吸収されてしまうために、数100種類、数100兆個と言われる多くの腸内細菌が存在する大腸までは殆ど届きません。よって、オリゴ糖などの難消化性の糖や食物繊維を摂取することになるので、多くの糖分は、過剰な栄養・・・として蓄積されてしまうと考えられています。
そのような中、過剰に摂取した砂糖を腸内でEPSと呼ばれる食物繊維様物質である難消化性菌体外多糖に変換する性質を持つ微生物が存在し、糖の吸収を抑えるだけでなく、腸内環境を改善し、砂糖(スクロース)誘発性の肥満を防ぐ可能性についての研究報告がありますのでご紹介させていただきます。
この研究を行ったのは、京都大学大学院生命科学研究科 木村郁夫教授、同大学 清水秀憲共同研究員、東京農工大学大学院農学研究院 宮本潤基准教授らの研究グループで、約 500 人のヒト健常者および肥満症患者の便を調査することで、唾液レンサ球菌の仲間であるStreptococcus salivariusという微生物が、摂取した炭水化物中の過剰なスクロースを腸内で有益な食物繊維様物質である難消化性菌体外多糖(EPS)に変換することが明らかになったとしています。
Streptococcus salivariusは、生後数時間でヒトの口腔と上気道に定着し、それ以上菌に曝露することなく、ほとんど無害とされている球状グラム陽性通性嫌気性乳酸菌として知られています。
この研究グループでは、キムチや漬物といった発酵食品の産生に関わるLeuconostoc mesenteroides という乳酸菌が同様に難消化性菌体外多糖(EPS)を産生し、そのEPSがポストバイオティクスとして宿主にたいして代謝的利益をもたらすという報告もしています。
近年、ポストバイオティクスと呼ばれる腸内細菌による代謝物が注目されつつありますが、短鎖脂肪酸だけでなく、糖から難消化性多糖類を生成する微生物の存在が明らかになり、その代謝物によって宿主の代謝的利益に寄与する可能性が示されたことは、「甘いもの好き・・・」にとっては、朗報なのかもしれません。
2025年05月09日
メンタルヘルスと環境づくり

近年では、多くの場面で「メンタルヘルス」という言葉を普通に耳にするようになってきたのではないでしょうか。
一般財団法人 淳風会代表理事長であり東京大学名誉教授の川上憲人氏によれば、「メンタルヘルス」とは、鬱病や発達障害などの具体的な症状を示す「精神疾患」、日常的な不安や、ストレスなど精神疾患につながってしまうような「精神的な問題」、そして、前向きで活気があり、充実して幸福な状態とされる「精神的Well-being」の三つに分けられると考えられているそうです。
また、「メンタルヘルス」に関わる社会的・経済的損失は、2008年の推計で、精神疾患の年間医療費約1・3兆円に対し、働けなくなったために失われている労働力の損失は6・6兆円と、それを上回る数字になっており、企業でも大きな課題とされているという現状があります。
そのような中、様々な企業においても人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで投資を呼び込んだり、実際に生産性を上げたりしていこうという流れの中で、メンタルヘルスを重要な柱の一つに位置付けているところが増えてきているとともに、健康優良法人の取得に関しても、メンタルヘルス対策をしていないと優良法人の認定が取りにくくなっているという現状もあるようです。
先ほど、メンタルヘルスについて、三つの柱があるという話をさせていただきましたが、その中でも、「精神的Well-being」は、医療従事者などの資格や専門性をもったスキルを持っていなくても出来ることの多い領域であり、ポジティブメンタルヘルスとも言われています。
このポジティブメンタルヘルスとは、不調に陥ったりした場合に状態を元に戻すという事では無く、「エンゲージメント」「仕事をしていると楽しい」「意義とやりがい」「達成感を得る」などによって「より生き生きと元気に働いてもらう環境づくり」をすることで、働く人の満足度や幸福度の向上とともに、生産性の一層の向上にもつながるという考え方です。
そこで、もっとも重要になってくるのが、「人とのつながり」とされています。
例えば、上司が忙しく、現場に殆ど顔を出すことが無いような状況が続いたとします。当然、上司の立場からすれば、「忙しいから、全部を見回りできない・・・」という事なのでしょうが、その状況に対して、「うちの職場は見捨てられてる。 随分の間、上司が来てくんないよ。 こんなひどいとこで仕事してもな......」。というような不満がどんどん高まり、休む人が続出。これに気付いた上司が定期的に全ての現場を回って声をかけ、コミュニケーションを取るようにしたところ、みんな元気になって会社に出てくるようになった。
というような事例も珍しいことではありません。このような、丁寧なコミュニケーションを意識し、実践することが職場の環境の改善につながるという事例のひとつです。
言い換えれば、「人とのつながり」は、「環境の変化をもたらす・・・」という事であり、メンタルヘルスという視点で考えれば、専門家でなくても出来ることが沢山あるのと同時に、普通の一人の人間として、そういう力を持っているということを認識することが大切なのです。
また、コミュニケーションをしている中で、「指示が理解できないのでは・・・?」「気が散りやすい・・・」「動かない・・・」「打たれ弱い・・・」と感じることもあるかもしれませんが、このような場面についても知識や経験不足という理由だけではなく、脳の特性が関係しているという可能性を考える必要も指摘されはじめています。
このような考え方をニューロダイバーシティといい、脳の発達による個人差・多様性と捉え、その違いを尊重し、配慮することで、才能をもっと伸ばして社会の中で生かそうという考え方が広まりつつあるようです。そして、ニューロダイバーシティ傾向のある人に指導すれば改善すると思って対応していると、どんどん悪化しますので、注意が必要とされています。
その配慮の方法のひとつとして大切なのが、仕組みづくりと標準化になります。
例えば、いま行っていることが全体の流れの中でどのような役割をしているのかを理解していないのであれば、ただの「やらされ仕事」になってしまいますし、自らの工夫の余地は狭くなってしまうのと同時に、ひょっとするとその工夫が「仇・・・」になってしまうこともあります。
「何故・・・」を、理解し、その上での仕組みづくりがなされることは、メンタルヘルスでの課題を抱えている人のみならず、そのチーム全体にとっても現状の見直しにもつながります。
メンタルヘルスという言葉の響きは、どうしてもネガティブになりがちです。そして、職場の環境は、一日の中で長い時間を使うという意味でも、それぞれのライフにとって、重要な意味をもつからこそ、このようなポジティブメンタルヘルスという考え方によって、多くの人が環境づくりに関わっていけると素敵ですよね。
2025年05月02日
環境の変化と自律神経との関係を考える

毎年のことになるかと思いますが、春先から初夏にかけての気候は、三寒四温と呼ばれるように、寒暖差が激しく、体調が崩れやすい方も多いのではないでしょうか。
この気温の変化は、人間にとっても直接的かつ大きなストレスになってきます。
人間も動物である以上、気温、気圧に加え、生活環境というものが、対人関係以上に大きなストレス要因となります。
また、この季節の寒暖差によって大きな影響を受けるのが自律神経です。自律神経は、呼吸のコントロールをはじめ、心拍、血圧、排泄を含めた消化器官の運動など、様々な役割があるとされていますが、その中でも大きなものが体温調整機能とされています。
恒温動物であるヒトは、体温を一定に保つことで代謝機能の効率を最大限に引き上げ、生命維持に必要な反応を促進するための仕組があるのですが、その機能を担っているのが自律神経です。
しかしながら、外界の温度が安定せずに乱高下するという状態は、エアコンであれば、一日の中で頻繁に冷房と暖房が切り替わり、負荷が掛かりっぱなし、というようなものです。
このような使い方をすればエアコンが、壊れやすくなるのは言うまでもないかと思いますが、この状態は、人間でいえば、「自律神経の乱れ」という状態に陥り易くなります。
また、「新生活の季節」である春先は、生活環境が大きく変わる方も多いかと思います。
脳は、「わからないことが苦手」という性質があります。それゆえに、「新しい環境」に対する期待と同時に不安も大きくなることで、交感神経が優位な状態が多くなるために、そのようなストレスから自律神経に負荷が掛かりやすくなります。
また、自律神経の乱れによって大きな影響を受けるのが「睡眠」です。自律神経の乱れは、寝つきの悪さ、中途覚醒、眠りが浅いなどの睡眠障害を引き起こすことがあるとも言われています。これは、自律神経のバランスが乱れることによって交感神経と副交感神経のバランスが崩れてしまい、夜になっても交感神経が優位になり、リラックスして眠りにつくことが難しくなるためと考えられています。
特に、ゴールデンウイークなどの休日が長く続いたり、いつもの生活のサイクルと違うようなパターンになるときには、生活のリズムが崩れることで、自律神経の乱れにつながるともされていますので、いわゆる「寝だめ」などを考えずに、いつもの起床時間をキープすることも大切です。
また、腸を中心とした消化器官と自律神経とは非常に密接な関係にあるとされています。
腸の働きは自律神経によってコントロールされており、副交感神経が優位になることで腸の蠕動運動が活発になり、腸内環境を整えることにつながることが知られています。
逆に、ストレスや生活習慣の乱れで自律神経のバランスが崩れると、腸の動きが悪くなり、便秘や下痢といった症状が現れるというように非常に密接なつながりがあるのです。
これらのように、自律神経の乱れが、自身の健康に対して見過ごせないような影響があるのだとすれば、そのようにならないための備えも大切です。
そのための備えとして出来ることとして、まずは、お腹の健康を意識したバランスの良い食事になります。もちろん、プロバイオティクスや食物繊維などのプレバイオティクスを積極的に活用することも有効になります。
そして、規則正しい生活を基本とした、十分な睡眠です。
日本人の平均睡眠時間は、2021年の調査で7時間20分余りと、OECD加盟国33か国の中で最も短く、厚生労働省の調査では約5人に1人が睡眠による十分な休息を取れていないと感じているという現状があります。
また、最近では、日本睡眠学会が、「不眠が医療の対象であることを広く知ってもらうためにも重要だ」という認識のもと、診療科の名前に「睡眠障害」を掲げられるよう、厚生労働省に要望書を提出するという動きもあり、睡眠についての様々な問題は社会的な課題になりつつあります。
居住地域やライフスタイルなどの生活環境はある程度、意識的に選択ができるものの、気温や気圧の急激な変化については、その状況を受け入れながら、影響を最小限にとどめるしか方法はありません。
環境の変化が目まぐるしい季節だからこそ、食事、睡眠を大切にしながら、気温の変化に負けないよう乗り切りたいものですね。
2025年04月25日
プロバイオティクスは子どもにも良いのか?

プロバイオティクスに関する健康効果については、多くの研究がなされており現在では、脳腸相関や脳腸皮膚相関など、消化器官に対する効果のみならずメンタルヘルスやスキンケアにいたるまで、人が生活していく上でのWell-beingに関わる多くの分野に対する研究が進みつつあります。
しかしながら、それらの研究についての多くの臨床試験の対象としてきた多くの事例は成人であるという現状もあります。
このように研究対象に子どもが少ないことの理由として挙げられるのが加齢による腸内細菌叢の変化です。
その人がもともと持っている常在菌のなかでも、ビフィズス菌を中心とした善玉菌と呼ばれる腸内細菌の割合が加齢とともに減少してくることは、これまでも多くの研究で明らかになっています。
そのような状況があることで、「プロバイオティクスの利用によって、その割合を引き上げ、その結果健康の維持増進に役立てる」というニーズの高さによる影響もあるのではと考えられます。
成人と比較して、便秘や下痢などの排便障害の少なさや、肌のハリや艶などの良さを比較してみても、「子どもには腸内環境に対する課題が少ないのでは、・・・」と考えてしまう傾向があると同時に、加齢による健康課題が山積している状況によって後回しにされている可能性も否定できません。
もう一つの理由については、子どもを対象とする臨床試験の場合には、保護者からの同意取得が必要であることや、多感な時期に便の提出を求めることが難しいなどの理由で、参加者を集めることが困難だということもあるようです。
しかしながら、便秘や下痢などおなかの不調を訴える子どもは国内でも多く、世界的に見てみれば、小児の栄養状態の改善が課題となっている地域も残念ながら少なくないという現状もあります。
このような中、子どもを対象にした、L.パラカゼイ・シロタ株を含むプロバイオティクス飲料の継続飲用に関する調査研究がありますので、ご紹介させていただきます。
この研究は、順天堂大学医学部とヤクルトの共同研究において、保護者から同意が得られた日本の健康な小児23名を対象とし、L.パラカゼイ・シロタ株400億個を含むプロバイオティクス飲料を6ヶ月間飲用してもらい、飲用開始前、飲用開始からの1、 3、 6ヶ月後、飲用終了6ヶ月後の計5回分の糞便を解析するという方法で行われました。
報告によると、そもそも小児の機能性便秘の発生率は0.7~29.6%という状況であり、その要因と考えられるものとして精神的ストレス、食習慣の乱れ、 小児虐待などがあることからしても、腸内細菌叢の変化は心理的ストレスの影響も大きく受けるために、臨床試験に協力してもらった子どもに対する精神的負担を最小限にするためにも子どもとその保護者、担当医師との信頼関係が大切であるという事からしても、十分な配慮の元で実施されたようです。
今回の報告で特徴的なのは、悪玉菌と呼ばれるウェルシュ菌の検出率について、飲用開始前には43%であったのに対して、6ヶ月間飲用後には7%と有意な減少を示したことに加えて、 腸内環境の指標である糞便中の乳酸や酢酸、さらには酪酸などの総有機酸濃度および酢酸度は飲用3ヶ月後から有意に上昇し、糞便pHは飲用6ヶ月後に有意に低下したという事です。
その一方で、飲用を終了して6ヶ月経過した後には腸内細菌を構成する菌の数や検出率、 腸内環境指標のすべてが概ね飲用前の状態に戻ってしまったという事も同時に示されました。
今回の報告によって、健康な子ども腸内細菌の構成は成人と同様に有害菌が一定の割合で存在すると同時に、プロバイオティクス飲料の飲用により改善した腸内細菌叢のバランスや腸内環境は、飲用をやめることで子どもの場合においても元に戻るという事が示されたことになります。
小児期においては、成人と比較して善玉菌の割合が多いとされてはいるものの、免疫システムそのものの構築において未熟なことや、成人と比べて基礎体力が低いために、感染症へのリスクも高く、急激な体調の変化に陥り易いとも言えますし、子どもの体調の変化は、周りの大人の生活にも影響を与えてしまいます。
今回の報告のようにプロバイオティクスの継続飲用によって、腸内環境を整え続けることが出来るという事であれば、日常のWell-beingのためにもプロバイオティクスの活用も有効なのかもしれませんね。
2025年04月18日
デジタル化と伝えるチカラを考える

人手不足や生産性の向上という社会的背景の中で、ICTをはじめとするDXの推進は、学校教育の場面でも、新型コロナウィルス感染症という新たな脅威という背景もあり、GIGAスクール構想のもと子どもたちが授業の中で電子デバイスを使いこなしているという姿も普通のことになっています。
その一方で、スウェーデンのように学校教育のなかで、ICT活用の見直しをしはじめ、紙の教材を推奨し始めている国が出てきているという現実もあります。
このような技術革新の潮流と人間通しのコミュニケーションへの課題、さらにはそれぞれのWell-beingとのバランスの中で、新たな課題として注目されつつあるのが「言語化するチカラ」です。
現代の科学では、人間が言葉を使える能力を明らかにするため、MRIなどを使って脳の反応を測定し、科学的に検証していくことも可能になってきたようです。
東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授によれば、言語化するプロセスにおいては、まず見たり聞いたりといった「入力」があり、その入力を「想像」で補ったうえで「構造化」をして、「理解」や「記憶」と照らし合わせた「解釈」を行い、適切な「表現」によって「創造」をして言語として「出力」されると述べています。
言い換えれば、「想像」と「創造」という二つの要素が、言語化というプロセスに多大な影響を及ぼしているという事です。
ICTの向上により、様々なインターフェースの変化が出てきています。そこでの大きな変化は、パソコンをはじめとした電子機器の普及による、手書きとされる自身の手で文字を書くという行為があらゆる場面、あらゆる世代にとって少なくなってきていることです。
この「手書き」という行為について、酒井邦嘉教授は、「紙の手帳への手書きのほうが、紙と書き込んだ文字の位置関係など、書いた内容を思い出す際の手がかりが豊富であるため、記憶の定着に有利である。」と自らの研究結果を元に見解を示しています。
また、「使用するメディアによって記銘に要する時間が異なり、想起時の成績や脳活動に差がある」事にも着目した上で、手書きなどの行為に対して、自分の考えをまとめ、それを批判的に見直すだけの時間的な余裕があることを指摘するとともに、その効果について、そこで発生したタイムラグを利用することで、脳は内容を吟味し、理解し直し、表現を改めて創造的に出力するという検証を繰り返していると述べています。
例えば、自身の考えを伝えようとした時に、脳は内容を吟味し、理解し直し、表現を改めて創造的に出力するという検証を繰り返すとされています。
その際に、字数制限が先立ってやり取りするようなSNSなどは、脳にとって不自然な入出力となり、本来の解釈や表現という大事な過程がおろそかになってしまうと同時に、上手く伝わらないことがきっかけとなり、「決めつけ」の応酬につながるリスクも高くなってしまうというのです。
さらに、酒井邦嘉教授は、学生のレポート作成というような場面においても、日本語として整っているとはいえず、言語化するチカラの低下についての危機感を感じているとしています。
このことについて、少子化の中で自分の考えが間違っていることを指摘された経験が少ないという環境の影響の可能性も併せて、自分の文章を客観視して冷静に見直すという経験がないまま成長してしまったのは、小さい頃からのスマホやインターネットの利用なども無関係ではないとの指摘もしています。
物事を伝えるには、自分自身が「何をどのように理解しているかを確認・検証する」ことは欠かせません。言語化するチカラは、その「理解」を前提に構築されているからです。
しかしながら、現在のインターネットの世界では、AIの介入によって情報の偏在化がますます進み、総合的に物事を考えて判断する機会が少なくなることで、言語化する前提としての「理解」も浅くなってしまいます。
その結果、人の意見を聞いて譲歩したり、折り合いをつけたりするという意識も低下し、自己主張や他者への批判ばかりが強くなってくることで社会の分断にもつながってしまいます。
こうした傾向はすでにSNSにおいて、大勢の人がフェイクニュースに流されてしまったり、「言ったもの勝ち」のような投稿が散見されたりといった形で、既に顕在化しているという現状もあります。
「怒るは知恵のゆきどまり・・・」という言葉がありますが、アンガーマネジメントの世界でも「怒りやすい」ということと、「語彙の量」や「言語化するチカラ」には、大きな関係があることが判っています。
確かにデジタル化によって、社会に対して生産性の向上や効率化などの大きな恩恵をもたらしてくれています。しかしながらこの方向性によって損なわれる負の側面が「言語化するチカラ」という事なのであれば、相手との関わり方という社会を構成する大きな基盤を揺るがしてしまうことにもつながってくるのではないでしょうか。
だからこそ、「デジタルか、アナログか・・・」「インターネットか、オールドメディアか・・・」というような二者択一ではなく、社会の安寧を基本とした上での良い付き合い方を、今だからこそ模索していく必要があるのかもしれません。
2025年04月12日
「それ良いね・・・」は、なぜ放置されてしまうのか?

様々な、会議やミーティングでのアイディア出しは、大変重要なことなので、そのための時間を設けてみたり、意見の出やすい環境づくりや関係づくりを心掛けているチームは多いのではないでしょうか。
その一方で、そのアイディアを具現化していくとなると一筋縄ではいかないのが現実です。
まずは、「誰がやるのか・・・」も含めた、5W1Hが明確になっていないことには、前には進むことが出来ません。
よくある「総論賛成、各論反対・・・」というか、各論の部分がよく理解されていないことも多いという状況も珍しくないのではないでしょうか。
つまり、具体的な段になった時に、「やるのは誰・・・? その中にはとりあえず自分は入ってないよね・・・。」というような思考になったり、積極的に取り組むことが、「格好つけて・・・」とか、「上に取り入っているのでは・・・」というように思われることを避けるために積極的に関わることを避けてしまうという事も考えられます。
金沢大学 融合研究域融合科学系の金間大介教授によれば、日本人は損得勘定を優先し、モチベーションなどの内的報酬に対して軽視する傾向が強いと指摘しています。さらに、本来は「人は与えてもらうときよりも与えることの方が、より強く幸福感を感じることが出来る・・・」ということを日常生活の場面で体感することが少ないこととも関係しているとも言われています。
そのような社会的背景もあり、積極的に「自分がやります・・・」という行為に対して、直接的ではないにせよ「偽善」という考え方が入り込みやすい状況にあるとも言えます。
つまり、「あんなことを言っているけど、本当は〇〇に取り入りたいために・・・」とか、「格好つけたいために・・・」と思われるのでは、というもう一人の自分にとらわれてしまうのです。
しかし「偽善」という言葉は、誰が使うのでしょうか・・・?
多くの場面において、この「偽善」という言葉を使うのは「やらない側」の人です。
言ってみれば、やっている人に対して何もやらない人が批判をするときに用いることが多いのではないでしょうか。
自分にとって都合のいい根拠らしいことを引っ張ってきて、事実をゆがめたり、他のことを混ぜ込むことで論点をずらすような場面もSNSが活用されるようになってきた現代社会においては、珍しいことではなくなってきています。
さらには、労使とか、富と貧困というような対照的な立場に対して、「持てる者」と「持たざるもの」というような図式を当てはめ、責任を押し付けあうというような現象も増えてきているような気もします。
そこのキーワードとなるのが「説明」という言葉です。「丁寧な説明」「納得のいく説明」「説明を受けていない」というような「説明」という言葉をつかった応酬です。
合理化を背景に、従来の慣習を「権力層への悪しき意図」という図式をつくることで批判をすることもできますし、その批判の根拠を科学的に証明できると無理やりに紐づけてしまうこともできなくはないという現実もあります。
そのような、説明についてもよくよく考えれば、「トンデモ理論」にも聞こえるところもあるが、物事には様々な側面があるがゆえに、必ずしもそうとは言えないという部分が残されてしまうということも現実です。
また、「やらない側」の論理として「言ってしまったもので・・・」とか「言われる(思われる)かもしれない・・・」という言い訳を挟み込むことで、本来の「これを進めよう・・・」という話を、「可哀そうな私」という話題へ転換し、相手との関係性の話や感情の話にすり替えてしまっているだけなのです。
言い換えれば、「言ってしまった・・・」本人が、自身の「言ったことに対する責任を取る」ということをしなければいけないし、実際に起こっていないのであれば、そのような心理状態は他人から見れば自作自演をしてしまう面倒な人・・・に映ってしまうだけです。
もちろん、物事はすべて「言ったとおり・・・」なるはずはありません。本来の目的に立ち返ってやり直すための責任を果たせばいいだけなのです。
アイディアを具現化するためには様々な知恵と工夫が必要です。ましてやチームや組織に関わることであれば、多くの人たちに関わってくるということは、ある意味当たり前のことになります。
ビジネスであればこそ、論理的かつ合理的に片づけてしまおうとするし、「仕事なんだから・・・」という合理的な説明のみをもって理解してもらえると思いがちです。
そうはいっても人間は数値やデータなどの理論のみで歓迎してくれるものでもないと同時に、感情のみでその人が持っている本来の責任を回避できるものでもありません。
「やらない善より、やる偽善」という言葉があります。「こう思われるに、違いない・・・」というような実体のない束縛にとらわれることなく、仲間を信頼し、向き合いながらまずは目の前のことから実行していく姿勢が一番なのかもしれません。
2025年04月04日
「人権」と「思いやり」について考える

「人権」とは、すべての人間が生まれながらに持っている、生存や自由、幸福を営むために必要な権利として認められるものであるとともに、貧富や社会的地位、社会への貢献度、人種、性別、国籍、出自、信条などの理由による差別について「許されないもの・・・」として考えられており、「差別」というものに対する考え方にもつながっています。
また、近年においては多様性についての尊重や承認についても、それぞれの異なる権利や自由に対する考え方について、ますます難しくなったと感じている方も多いのではないでしょうか。
そして、それぞれの自由や権利を求めていく先に立ちはだかるのが、対立や分断です。
なぜならば、各々が思い描く自由や権利は、そもそも異なるのと同時に、自身の置かれてる立場によっても見方や解釈に隔たりが出てしまうということは現実的に避けられないからです。
例えば、「自然の原風景をイメージしてください・・・」という問いかけによって、思い浮かべる風景が全く同じという事がまずないと考えることと同じです。
その風景に人が関わらない全くの原生林のような風景を思い浮かべる人もいれば、人の生活との調和としての風景、山林中心であったり、河川、さらには砂浜や岸壁のような海岸線を思い浮かべる人と・・・様々です。
自然の中で、何を大切にするかの違いが、生物種の優劣の選択につながり・・・いつの間にか、「優劣を決めたのは・・・社会を構成している人自身である」ことすらも忘れてしまい、雑草という言葉をつくったり、優勢思想や選民的な考え方に気付かぬままに・・・、「自然を大切にしよう・・・」「環境を守ろう・・・」という大きな枠組みだけを語って、合意形成したようになってしまっていることが多いからです。
人は、断片的かつ狭い関係性の中で、イエス・ノーを決めてしまう傾向があります。
その判断は、経験や知識、関わってきたコミニュティによって培われているものによりますので、それぞれのバックグラウンドを理解しようとする姿勢が大切になるのですが、各々のバイアスやコミュニケーション不足による解釈の違いを丁寧に取り除いていく事は難しく、残念ながら排除や差別にもつながってしまいます。
差別について言えば、差別的な考え方が問題になるのではなく、差別的な言動や態度が顕在化することで問題になるという現実があり、この二つの事象を混同することで複雑にしてしまったり、状況を歪めてしまいます。
確かに、差別的な考え方によって、そのような言動や態度につながるという事もありますが、生まれながらの慣習や周りに対する同調圧力によってそのような立ち振る舞いにつながるということが存在しうるという現実もあります。
他者はその人の思考に踏み込むことは出来ません。非言語的コミュニケーションを含めた、その言動や態度のみしか伝わらないものなのです。
しかしながら、自由や権利を求めた結果としての差別や分断を「思いやり」や「やさしさ」といった心の問題として捉えがちになってしまっている現実も一方ではあります。
「思いやり」などの心の状態を強調し、「弱者」への配慮こそが問題解決の唯一の手段であるというステレオタイプに陥っている方も多いのではないでしょうか。
義務教育における道徳教育の教材には、障害者が登場する場面もありますが、そこでは、いつも、障害者は、健常者が「優しくしてあげる」対象として描かれています。
そして障害者は、その「優しさ」に対してお礼を述べ、ある場合には「ご迷惑をおかけします」とも発言するという記述が多く、「障害を克服しようとがんばる姿」や、「障害者が、自らの権利を主張する」などといった場面は非常に少ないと言われています。
そのような結果、「思いやり」の精神によって庇護のもとに置いてきた「弱者」自身が、自らを弱者に追い込んだ社会を批判し、権利を主張していくことに対して、どう受け止めるでしょうか。
おそらくは、そのような権利の主張を否定的に捉えていく可能性は捨てきれません。つまり、「・・・のために」行ってきたものを、取り返そうとする心理が働き、その代償を求めることが当たりまえになってしまうという事です。
「貴方のためを想って・・・」の顛末によって、対立的な関係になってしまうことを多くの人が経験していることと同じです。
このような心情に訴える考え方による問題解決は、現状の課題解決において構造的課題は不問に付され、温情主義的な方法がよしとする風土が醸成されていってしまいます。
このような傾向は、「強者」が「弱者」に対してもつ圧倒的な力関係を問題にされる事がなくなり、結果として「思いやり」によって、差別を温存させるという指摘もあります。
そもそも、自身にとっての自由や権利は、目指すものや価値観が多様であるという現実がある以上、一方的に誰かに与えてもらうことは不可能と考える必要があります。
もし、自由や権利を他者から享受されるものとして、自らつかみ取ることを放棄してしまえば、その先のあるのは権威的な立場による一方的なルールや抑圧です。
差別やそれに伴う分断と呼ばれるものは、個人的な「人間関係」を超えた、より広い社会関係の中で起きています。しかしながら「狭い関係性」にばかり注意が集まってしまい、その関係の中に、社会的に仕組まれたより広い構造的課題が凝集しているのではないか、と考えることができなくなってしまうことは社会にとって大きなダメージとなって降りかかってきます。
差別は、その人に思いやりの心があろうがなかろうが、社会的関係性の中で起こっています。
それを心の問題にしてしまうことで、「私はこれまで差別なんかしていない」とか「差別するつもりはなかった」などという言葉が横行し、それ以上、考えを進めていくことができなくなってしまいます。強制的に社会的な不利益を強いる「差別」問題を、「差別心」の問題にすり替わってしまう懸念さえあると考える必要があるのかもしれません。
自由や権利について考えることは、「人が自らの権利を知り、権利の主体として、それを実 現するために行動」することであり、それによって人間性の回復や、社会の変革につなげていくとも考えることが出来ます。
言い換えれば、構造的に問題を把握し、お互いの利害受け入れた上で「対話するチカラ」がなければ解決の糸口にすらたどり着けないのだと思います。
言うまでもなく、人間が社会生活を営んでいく上で、道徳性や倫理観が大切であることは多くの皆さんが、理解していると思います。しかしながら、そのような性善説のみでなく、人間には様々な弱さと同居しながらバランスをとっているというような性弱説的な考え方を取り入れたものの見方がますます必要になってくるのかもしれません。
2025年03月28日
社会的孤独と健康の関係について考える

家族や地域とのつながりがほとんどない状態を「社会的孤独」と呼んでおり、社会の変化に伴い、単身世帯の増加は加速し、近年増加傾向にある社会課題の一つです。
このような社会的孤立状態が長く続くことで、生きがいの喪失、生活不安、情報弱者に陥ることによる消費者被害、高齢者による犯罪、ゴミ屋敷、孤立死などの高齢者についての課題のみならず、地縁・血縁・社縁による関係性の希薄化によって、ひきこもりや不登校、虐待、自殺者の増加など様々な社会課題と関係しているとされています。
このような社会課題が叫ばれている中、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の世帯数の将来推計では、2050年には全世帯に占める単身世帯の割合が44.3%となるという報告もあり、単身世帯化については高齢化による課題という事のみならず、実態としては、若年層の未婚者の多くが単身世帯であり、過去の調査では、全体の6割が20代に集中しているというような報告もあります。
そのような中、社会的孤独がもたらす新たな健康リスクに関する知見が、慶應義塾大学医学部などの研究グループによって報告されましたのでご紹介させていただきます。
近年、社会的孤独によって脂質代謝異常や動脈硬化を原因とする虚血性心血管疾患のリスクについての知見はあるものの、そのメカニズムについては未解明とされてきました。
しかしながら、研究チームの報告によれば、社会的孤独と動脈硬化との関係は脳のストレスへの反応経路とされている要因ではなく、脳視床下部からのオキシトシン分泌が減少するとともに、肝臓における脂質代謝異常から動脈硬化を促進させることによって引き起こされるという事が、マウスによる実験で明らかになったというのです。
オキシトシンには、抗ストレス作用や摂食抑制作用があると言われており、 出産や授乳、 子育て、 他者との関わりなど社会行動にも関係していることから幸福ホルモンのひとつと言われています。
そのようななか、今回のマウスを用いた実験では、オキシトシンが肝臓における脂質代謝を制御していることが世界で初めてわかったという事なのです。
かつてアリストテレスが、「人間は社会的動物である」と述べたように、人は一人では生きていけず、お互いに関わり合うことで健康を維持できるという事は、社会的な概念ではなく、ホルモンの影響という人体のメカニズムのひとつとして他者との関わりが不可欠であるという事が証明されたという理解も出来ると思います。
健康については、WHOの保健憲章の前文で、Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. (健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的に安寧な状態であることを意味し、単に病気でないとか、虚弱でないということではない。) というように、三つの要素によって支えられていると定義づけられています。
今回の報告は、健康の要素に関する3つ目の「社会的な安寧(social well-being)」に関して、私たち自身のこととしてもっと向き合う必要があるのかもしれないという大きな問題提起なのかもしれません。
2025年03月22日
日和見菌ってどんな菌? 日和見性感染症を考える

近年、腸内細菌の話題も多くなってきましたが、その中で善玉菌とか悪玉菌という言葉を耳にしたことがあるかと思います。このような呼び方に対して「情緒的」という形容をする専門家もいるようですが、いまや一般的な呼び方として通じるほどになってきているのが現状です。
お腹の中に居るとされる腸内細菌は約数100兆個にも上るとされていますが、この数100兆個の内訳は、ヒトに対して良い働きをすると言われる善玉菌と、悪い働きをするとされる悪玉菌のいずれか・・・ということではなく、「どっちつかず・・・」というか、「周りの状況を見渡しながら、優勢なほうに着く・・・」というような、日和見性をもった腸内細菌の割合が最も多く、健常な状態で2:7:1と、善玉菌が2割、悪玉菌が1割に対してお腹の中の殆どを占めているとされています。
この日和見性という性質を持つ中間的な菌は、善玉菌や悪玉菌に属さない腸内細菌です。腸内環境の状態によって、有害な働きをしたり、無害であったり、有益な働きをする菌と言われており、悪玉菌が優勢の腸内環境の場合、この中間的な菌が悪玉菌の味方をしたり、悪玉菌と同じ働きをするため、腸内環境が悪化し、体に害を与える可能性が上がるなど、腸内フローラのバランスによってその働きが変化するという性質があるとされています。
その性質をよく表しているのが、「日和見性感染症」です。
日和見性感染症とは、「正常の宿主に対しては病原性を発揮しない病原体が、宿主の抵抗力が弱っているときに病原性を発揮して起こる感染症」のことで、その病原微生物として、常在性のサイトメガロウイルス、 緑膿菌、カンジタ菌などが知られています。
術後感染症でよく知られる緑膿菌についても、東京農業大学生命科学部分子微生物学科の野本康二客員教授によれば、緑膿菌は通常、健常な人の腸内からは検出されないのですが、高齢者医療施設で実施した入院患者の腸内細菌解析の結果では、生息レベルは低いものの、結構な頻度で検出されているという報告もあるようです。
さらに、この緑膿菌のリスクは薬剤に対する耐性が高く、多剤耐性の緑膿菌の存在の多さとも言われています。そもそも、病原性の感染症は、口や傷口などから入り込む外来性の微生物ばかりをイメージする方も多いのかもしれませんが、常在性の腸内細菌が腸管壁を突破して体内に侵襲する、バクテリアルトランスロケーションも感染症発症の大きなリスクの一つとして考える必要があります。
そもそも、腸内環境が健全な状態では、コロナイゼーションレジスタンス機構と呼ばれる腸内細菌が病原細菌の定着や侵入を妨げる機能が備わっています。
また、リーキーガットと言われる、腸管壁を介する異物侵入を管上皮細胞の産生する粘液層や腸管上皮細胞間の紐胞間接着装置によって阻止しています。さらに、腸管に配置されている免疫システムにより、侵襲した微生物が排除される、という複合的な生体防御機構が働いています。
このような、腸管が本来持っている、3つの防御システムに不具合が起きてしまうことで、日和見性感染症のリスクも大幅に上がってしまうということを理解しておく必要があります。
菌ではありませんが、帯状疱疹の原因となるとされていますヘルペスウイルスも、健常な状態であれば、ほとんど問題ないのですが体調の変化により、免疫レベルの低下などの原因によって発症することが知られている症状の一つです。
人間も動物である以上、気温や気圧などの環境の変化によるストレスを一番受けやすいのが現実です。三寒四温と言われるこの季節だからこそ、全体の7割を占める中間的な菌の日和見性を理解したうえで、いかに味方につけるかを考えることも予防医学の実践につながるのかもしれません。