身体のチカラ › 身体のしくみ › ピロリ菌とアレルギー

2021年08月12日

ピロリ菌とアレルギー

ピロリ菌とアレルギー



 ピロリ菌と言えば、「胃壁に付着し胃がんの原因菌として悪名高い微生物・・・」とお思いの方が多いかと思います。しかしながら、ピロリ菌と人間との歴史は古代からの胃常在菌としての共生関係があるとも言われています。

 「ヒト細菌叢プロジェクト」で知られるニューヨーク大学トランスレーショナル・メディシンのMartin J. Blaser教授は、著書Missing Microbes: How the Overuse of Antibiotics is Fueling Our Modern Plagues(失われていく、我々の内なる細菌)の中で、自身のピロリ菌に関する研究に対する様々な仮説、そして、仮説に対する検証の結果に対して紹介させていただきます。

 Martin J. Blaser教授は、そもそも人類が長い間、共生関係ともいえるような関係をしてきた微生物であるヘリコバクターピロリ菌は、一方的な悪者としての存在だけなのか・・・?、もし共生関係であれば、宿主である人間についてのメリットがあるのではないか・・・という仮説です。

 その一方で、2005年にバリー・マーシャルとロビン・ウォレンという二人の医師がH.ピロリ菌の純粋培養、胃炎や潰瘍との関連性の発見、潰瘍治療法の発見という功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞し、H.ピロリという微生物はヒトの主要な病原体であり、除去した方が良いという考え方が一般的になっています。

 しかしながら、ピロリ菌の感染の多くは幼少期からであるにも関わらず、潰瘍の発症は30代からであり、その後20年間の発症率が高い状況が続くことなども含めて、Martin J. Blaser教授にとって潰瘍発症のメカニズムについての本質的なところに関しての疑問点が残っていたと同時に、アフリカやアジア、ラテンアメリカでの研究においてほとんどの人がピロリ菌を保有しているという結果も、ピロリ菌とヒトとの関係について新たな興味を持つ理由だったのかもしれません。

 実際に、Martin J. Blaser教授の研究でも20世紀初頭にアメリカで生まれた人の多くが保菌者であったにも関わらず、1995年以降に生まれた人の保菌者の割合は6%に満たない状況に変化しています。この状況は全世界的傾向であることから地理的要因ではなく、水道の整備など社会経済的な状況の変化がこのような結果をもたらしていると考えられています。

 現在でも、ピロリ菌の除菌により逆流性食道炎の発症リスクが上昇することは良く知られていますが、このことは、ピロリ菌が逆流性食道炎の予防との因果関係があるという事がわかっています。
 さらに、ピロリ菌の保有率の低下と喘息の発症についても、ピロリ菌の欠如による無症状の胃逆流性食道炎が喘息の原因となっている可能性についても関心が寄せられていました。

 その仮説については、米国ベルビュー病院の呼吸器専門医のジョーン・リーブマンらの協力によって、500名以上の血液検査の結果から、ピロリ菌と喘息との間に逆相関の関係があることに加え、ピロリ菌の存在がアレルギー反応に対して、抑制的かつ予防的に働くことについての報告がありましたが、「ピロリ菌は、悪の感染源である・・・」という流れの中、他の研究者の関心を寄せるものではなかったそうです。

 その後、2006年にジョーン・リーブマンの研究の500名を大きく上回る、ニューヨーク大学の疫学研究者であるユー・チェン氏によって7,600名を超える調査研究において、ジョーン・リーブマンの研究結果と同様にピロリ菌と喘息の両者には、逆相関の結果が報告されたのです。

 さらにユー氏の研究では、15歳以下のケースにおいて全ての症例が逆相関であったという事から、この年代における両者の関連性について非常に興味深い結果がもたらされました。

 その後の研究によって、ピロリ菌が胃壁の樹状細胞との相互作用を通じて、T-reg(制御型T細胞)と呼ばれる、炎症反応に対して抑制的に働きかける免疫細胞を産生することを、喘息を誘導したマウスに対するピロリ菌を感染させるという実験を通じて明らかにされたのです。

 もし、この結果が正しいとすれば、ピロリ菌は、人間という宿主との共生を図りながら、様々なアレルギーを抑制してきたという事になります。

 「ピロリ菌は胃がんを引き起こす、悪の感染源である・・・」このシナリオに対して、T-reg細胞を産生することによる宿主に対するアレルギー抑制という「続編」が登場したと考えた時に、人間と古代から共生してきたピロリ菌との関わりは、短絡的な「善悪」ではなく複雑それぞれが複雑に絡み合う生態系のような捉え方が必要なのかもしれません。


 



同じカテゴリー(身体のしくみ)の記事画像
運動と腸内細菌
「甘いもの好き」と微生物との関係について考える
メンタルヘルスと環境づくり
環境の変化と自律神経との関係を考える
プロバイオティクスは子どもにも良いのか?
社会的孤独と健康の関係について考える
同じカテゴリー(身体のしくみ)の記事
 運動と腸内細菌 (2025-05-23 10:42)
 「甘いもの好き」と微生物との関係について考える (2025-05-16 15:00)
 メンタルヘルスと環境づくり (2025-05-09 16:42)
 環境の変化と自律神経との関係を考える (2025-05-02 10:26)
 プロバイオティクスは子どもにも良いのか? (2025-04-25 15:17)
 社会的孤独と健康の関係について考える (2025-03-28 15:54)

Posted by toyohiko at 14:48│Comments(0)身体のしくみ
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。