2023年01月20日
感情と身体との関係を考える

皆さんは、胸に手を当てずに、心拍の鼓動を認知することができますでしょうか・・・?
このような時に、自身の心拍を正確に把握することが出来る人と、全くわからない人がいるそうです。
人間には、視覚や嗅覚、さらには触覚など外の世界を認識する外受容感覚と、痛み、痒み、呼吸や心拍、空腹、疲れやだるさなど体内の状態を認識する内受容感覚の大きく分けて二つの知覚を持っています。
例えば、外傷などの知覚と腹痛などの知覚は異なる仕組みで認知しているということで、この内受容感覚が正確な人の場合には、さきほどの「心拍数の把握」も正確にできるとされています。
しかしながら、わからない人については、全くわからない・・・というほどの個人差があるというのも内受容感覚の特徴のひとつと言われています。
この内受容感覚と言われるものは、身体が「リラックスした状態ではない・・・」という状態を脳の島皮質と言われる部分が働くことで認知すると言われていますが、一見、身体の状態を知らせるセンサーと思われがちな内受容感覚が人間の「感情」と大きな関わりがあることが解ってきました。
このような関わりは、脳の可視化技術が発達してきた、ここ20年余りで急速に進んできたと言われており、身体の不調に対して感情からアプローチすることや、その反対の手法で解決していく可能性についての研究も進みつつあります。
事故などの、後天的な高次脳機能障害についても、医療技術の進歩によって運動機能を維持できるケースも多くなりつつあると言われていますが、一方で、「運動機能が維持されていても、社会生活を送れない・・・」というケースが多いとも言われています。
名古屋大学病院 脳神経外科の本村和也准教授は、社会生活が送れない理由として、感情をうまく表現できないことにあると述べており、「感情」が仕事や人間関係などの社会生活において重要な役割をしているとしています。
また、「感情」も、身体の異変の一つとして脳が認識していると考えられています。
慶応義塾大学で認知神経科学についての研究を行っている梅田聡教授によれば、「頭に血が上る・・・」というような激しい感情の感覚も、視覚や耳からの情報が、脳の偏桃体に送られ、それが自律神経に伝達され、心拍数が上がったり、血圧が上がるなどの変化につながり、さらにその情報が脳の島皮質が感知し、前頭前野からの「過去の経験」や、「周囲の状況」などの認知と照合することで、「怒り」という感情につながるいうことが解ってきたと述べています。
つまり、我々が感情を感じるときは、身体のなかで起こっている変化を認識することで初めて感情というものが起きてくるというのです。
そして、「脳が周囲の状況を把握する・・・」ことと、「強い感情を感じる・・・」こととは別のことであり、その脳の情報を身体に伝達する役割をしているのが、交感神経や副交感神経などの自律神経をはじめとする、意志とは関係なく働く神経系が担っているのです。
言い換えれば、一旦、認識した情報とその情報に対する身体の反応とを併せることではじめて「感情」という認識になるという事になります。
さらに、武蔵野大学幼児教育科の今福理博准教授によれば、先ほどの、内受容感覚の個人差はその人の社会性、言い換えれば「他人の感情を感じ取る感覚」と大きく関係していると言います。
80名を対象とした実験において、自身の心拍数などを把握するテストなどによる内受容感覚の個人差と、他者の表情への自然な反応などによる共感し易さの調査によれば、内受容感覚の正確性と共感性とは相関関係があるという結果が得られています。
今福理博准教授は、共感を、「自分の身体で、相手の痛みや悲しみをシュミレーションし、相手の感情を感じとること・・・」と説明しています。そして、「自分の身体の中の感覚を正しく認識することは、社会性を築くうえで欠かせないもの・・・」とも述べています。
このことは、自分はその感情状態になっていなくても、「相手が・・・」と想像するというシュミレーションをすることによって、自律神経の反応が起こり、それによって島皮質の反応につながるということで、説明がつくようです。
そして、 このような連鎖によって「仲の良い集団」が出来上がってくるとも言われています。
「仲の良い集団」というのは、言い換えれば「相手と色々な心の状態や、身体の状態が同期する集団」ともいえますので、このような結果、「分かり合える・・・」「理解してくれる・・・」という信頼関係が培われるともいえます。
身体と感情との関係は、内受容感覚との関わりを通じて様々なことが解明されつつありますが、「非常に個人差の大きい内受容感覚」を、自分はどうしたらいいのか・・・?という疑問が残る方も多いかと思います。
自分の「感情」に気付きにくい人は、内的な身体の変化に気付きにくいために、初期のシグナルを見過ごしてしまい慢性痛につながったり、重症化した状態になって初めて気づくというリスクが高くなってしまう可能性があるとされています。
これには、いままで気付きにくかった「感情」を意識することで、「身体の変化」に気付き易くなり、痛みの重症化などの予防につなげようとする取り組みも実際に行われているようです。
いっぽう、HSP(Highly Sensitive Person)と言われるような感受性が高い方は、同時に内受容感覚が過敏すぎる場合もあると言われています。過敏性腸症候群などもその一つとも考えられていますが、この場合は身体の変化による痛みになれることで、島皮質の過剰な反応を抑えるという取り組みも模索中とのことです。
心拍の把握については、内受容感覚が鈍すぎても鋭すぎても・・・正確な把握が出来ないことが解っています。
実際の心拍数を確認し、感覚のズレを修正していきながら内受容感覚を調整することで、不安に関する指標の軽減と共に、不快な身体症状の軽減にもつながったという研究結果もあります。
国立精神・神経医療センターの関口敦室長によれば、この実験の結果、島皮質と前頭前野も結びつきが強くなっていることが解ってきており、「不安を増大させない・・・」効果にもつながるというようなメンタルヘルスに対する新しいアプローチにつながる可能性も示唆しています。
身体と感情・・・一見、「何のつながりもない・・・」ように見えていたものが、自律神経を通じて、脳の認知と深いかかわりがあるという意識で、自身の感覚に向き合うことは、身体と心を整える・・・ことにつながっていくのかもしれませんね。