2023年02月24日
良い腸内細菌をもらうという考え方

ヒトを含めた多くの生物が、消化管内に共生微生物を有しており生命の維持や恒常性に対して大きな役割を担っているということが、様々な研究で明らかになりつつあります。
ヒトの場合には、腸内細菌叢と呼ばれる腸内で共生する微生物の種類や割合は、個体ごとの固有のものであり、指紋のように個人の認証にも利用できるほどとも言われていますが、その腸内細菌叢は、お母さんからプレゼントされた樹状細胞による設計図を元に、お母さんから直接もらったものや、その後何らかの方法で体内に入ったものを取捨選択しながら、自身の免疫系と密接に連携しながら出来上がっていくといわれています。
その基本的パターンについては、1歳から3歳くらいの間に確立され、その後はその個体特有の腸内細菌群として、免疫システムと一緒になり、外部からの侵入者に対して敵と味方に振り分ける仕組みの中核を担うようになります。
しかしながら、その腸内細菌叢もその人にとって、健康の維持向上につながらないケースがみられることもあります。
その事例の一つが、潰瘍性大腸炎などの消化管内の慢性的な炎症に関わる疾患です。
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に潰瘍などができ腹痛や慢性の下痢、粘血便などの症状が続き、QOLに大きな影響を及ぼす国内で最も患者数が多いとも言われている指定難病で、根治が難しい疾患としても知られています。
また、腸内細菌叢の乱れが潰瘍性大腸炎の発症や増悪の要因の一つであることも、明らかになっており、特に腸内細菌叢を構成する共生微生物の種類が少なく、多様性に乏しいとも言われています。
そこで、近年急速に注目が集まってきたのが、抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法(A-FMT:Antibiotic Fecal Microbiota Transplantation療法)と呼ばれる、腸内細菌叢を一旦リセットして、異なる腸内細菌叢を新たに定着させる方法です。
この「腸内細菌叢移植」は、潰瘍性大腸炎などの感染性腸炎に対し、副作用の少ない治療法として欧米ではすでに実用化が進んでいます。
国内でも、2023年1月より潰瘍性大腸炎を対象とした「抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法」が先進医療Bとして承認され、先進医療の一つとして進められることになりました。
このような、医療技術の進歩については、身体の様々な症状と消化管内の共生微生物との関係性が無視できなくなってきたこととも関係していると考えられます。
さらに、共生微生物の移植の効果については、消化器分野だけにとどまっている訳ではありません。
脳腸相関という消化器官やその共生微生物と脳を中心とした神経系との関係性についても多くの研究が進みつつあります。
最近では、マウスを使った研究で不安傾向の強いマウスに大胆な性格のマウスの糞便微生物を移植したところ、移植されたマウスはより社交的な行動をとるようになったというような報告もあるようです。
アイルランドにあるユニヴァーシティ・カレッジ・コークのジョン・F・クライアン教授によれば、研究はまだ初期段階だと念押ししたうえで、このような腸内細菌叢の移植による脳の分野について、「こうしたことがヒトでも確認されたとしたら、その影響は非常に大きいものです」と人間での可能性についても言及しています。
そして、特定の腸内細菌が、精神状態によい影響を及ぼす可能性を示唆し、「ストレスに対して体が適切な反応をとるために、そうした細菌が必要なのです」とも述べているようです。
従来の医療では、「細菌を殺す・・・」ことが、疾患の治癒につながるという価値感をもとに様々な治療が行われてきました。
宿主固有の腸内細菌叢という設計図をどのように書き換えるか・・・?という大きな課題はあるものの、「生物にとっての共生微生物である細菌が、身体と精神の健康のために不可欠な存在である」とともに、その微生物を安全に取り入れて定着させることで、解決できることが沢山ある・・・という大きなパラダイムシフトの真っただ中なのかもしれません。
Posted by toyohiko at 16:54│Comments(0)
│身体のしくみ