身体のチカラ › 2025年03月
2025年03月28日
社会的孤独と健康の関係について考える

家族や地域とのつながりがほとんどない状態を「社会的孤独」と呼んでおり、社会の変化に伴い、単身世帯の増加は加速し、近年増加傾向にある社会課題の一つです。
このような社会的孤立状態が長く続くことで、生きがいの喪失、生活不安、情報弱者に陥ることによる消費者被害、高齢者による犯罪、ゴミ屋敷、孤立死などの高齢者についての課題のみならず、地縁・血縁・社縁による関係性の希薄化によって、ひきこもりや不登校、虐待、自殺者の増加など様々な社会課題と関係しているとされています。
このような社会課題が叫ばれている中、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の世帯数の将来推計では、2050年には全世帯に占める単身世帯の割合が44.3%となるという報告もあり、単身世帯化については高齢化による課題という事のみならず、実態としては、若年層の未婚者の多くが単身世帯であり、過去の調査では、全体の6割が20代に集中しているというような報告もあります。
そのような中、社会的孤独がもたらす新たな健康リスクに関する知見が、慶應義塾大学医学部などの研究グループによって報告されましたのでご紹介させていただきます。
近年、社会的孤独によって脂質代謝異常や動脈硬化を原因とする虚血性心血管疾患のリスクについての知見はあるものの、そのメカニズムについては未解明とされてきました。
しかしながら、研究チームの報告によれば、社会的孤独と動脈硬化との関係は脳のストレスへの反応経路とされている要因ではなく、脳視床下部からのオキシトシン分泌が減少するとともに、肝臓における脂質代謝異常から動脈硬化を促進させることによって引き起こされるという事が、マウスによる実験で明らかになったというのです。
オキシトシンには、抗ストレス作用や摂食抑制作用があると言われており、 出産や授乳、 子育て、 他者との関わりなど社会行動にも関係していることから幸福ホルモンのひとつと言われています。
そのようななか、今回のマウスを用いた実験では、オキシトシンが肝臓における脂質代謝を制御していることが世界で初めてわかったという事なのです。
かつてアリストテレスが、「人間は社会的動物である」と述べたように、人は一人では生きていけず、お互いに関わり合うことで健康を維持できるという事は、社会的な概念ではなく、ホルモンの影響という人体のメカニズムのひとつとして他者との関わりが不可欠であるという事が証明されたという理解も出来ると思います。
健康については、WHOの保健憲章の前文で、Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. (健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的に安寧な状態であることを意味し、単に病気でないとか、虚弱でないということではない。) というように、三つの要素によって支えられていると定義づけられています。
今回の報告は、健康の要素に関する3つ目の「社会的な安寧(social well-being)」に関して、私たち自身のこととしてもっと向き合う必要があるのかもしれないという大きな問題提起なのかもしれません。
2025年03月22日
日和見菌ってどんな菌? 日和見性感染症を考える

近年、腸内細菌の話題も多くなってきましたが、その中で善玉菌とか悪玉菌という言葉を耳にしたことがあるかと思います。このような呼び方に対して「情緒的」という形容をする専門家もいるようですが、いまや一般的な呼び方として通じるほどになってきているのが現状です。
お腹の中に居るとされる腸内細菌は約数100兆個にも上るとされていますが、この数100兆個の内訳は、ヒトに対して良い働きをすると言われる善玉菌と、悪い働きをするとされる悪玉菌のいずれか・・・ということではなく、「どっちつかず・・・」というか、「周りの状況を見渡しながら、優勢なほうに着く・・・」というような、日和見性をもった腸内細菌の割合が最も多く、健常な状態で2:7:1と、善玉菌が2割、悪玉菌が1割に対してお腹の中の殆どを占めているとされています。
この日和見性という性質を持つ中間的な菌は、善玉菌や悪玉菌に属さない腸内細菌です。腸内環境の状態によって、有害な働きをしたり、無害であったり、有益な働きをする菌と言われており、悪玉菌が優勢の腸内環境の場合、この中間的な菌が悪玉菌の味方をしたり、悪玉菌と同じ働きをするため、腸内環境が悪化し、体に害を与える可能性が上がるなど、腸内フローラのバランスによってその働きが変化するという性質があるとされています。
その性質をよく表しているのが、「日和見性感染症」です。
日和見性感染症とは、「正常の宿主に対しては病原性を発揮しない病原体が、宿主の抵抗力が弱っているときに病原性を発揮して起こる感染症」のことで、その病原微生物として、常在性のサイトメガロウイルス、 緑膿菌、カンジタ菌などが知られています。
術後感染症でよく知られる緑膿菌についても、東京農業大学生命科学部分子微生物学科の野本康二客員教授によれば、緑膿菌は通常、健常な人の腸内からは検出されないのですが、高齢者医療施設で実施した入院患者の腸内細菌解析の結果では、生息レベルは低いものの、結構な頻度で検出されているという報告もあるようです。
さらに、この緑膿菌のリスクは薬剤に対する耐性が高く、多剤耐性の緑膿菌の存在の多さとも言われています。そもそも、病原性の感染症は、口や傷口などから入り込む外来性の微生物ばかりをイメージする方も多いのかもしれませんが、常在性の腸内細菌が腸管壁を突破して体内に侵襲する、バクテリアルトランスロケーションも感染症発症の大きなリスクの一つとして考える必要があります。
そもそも、腸内環境が健全な状態では、コロナイゼーションレジスタンス機構と呼ばれる腸内細菌が病原細菌の定着や侵入を妨げる機能が備わっています。
また、リーキーガットと言われる、腸管壁を介する異物侵入を管上皮細胞の産生する粘液層や腸管上皮細胞間の紐胞間接着装置によって阻止しています。さらに、腸管に配置されている免疫システムにより、侵襲した微生物が排除される、という複合的な生体防御機構が働いています。
このような、腸管が本来持っている、3つの防御システムに不具合が起きてしまうことで、日和見性感染症のリスクも大幅に上がってしまうということを理解しておく必要があります。
菌ではありませんが、帯状疱疹の原因となるとされていますヘルペスウイルスも、健常な状態であれば、ほとんど問題ないのですが体調の変化により、免疫レベルの低下などの原因によって発症することが知られている症状の一つです。
人間も動物である以上、気温や気圧などの環境の変化によるストレスを一番受けやすいのが現実です。三寒四温と言われるこの季節だからこそ、全体の7割を占める中間的な菌の日和見性を理解したうえで、いかに味方につけるかを考えることも予防医学の実践につながるのかもしれません。
2025年03月13日
プライベートライフの充実について考える

ワークライフバランスという言葉を当たり前のように耳にする一方で、そのバランスの状況については、様々な現実があります。
当然、それぞれの「大切にしたいこと…」が、ありますので、その大切にしたいことにかける時間や熱量もそれぞれ異なるのは当たり前です。
しかしながら、自身の生きてきた社会的背景を他の人に対して押し付けるような、行為や態度となるとこれは別の話になります。
「ワーク」ということで考えれば、「仕事のために生活をしているのではなく、生活のために仕事がある」ということについても、冷静に立ち止まって考えれば、当たり前と思う方も多いのかと思いますが、現実にはその二つの関係がつながらなくなってしまう方も多いのではないでしょうか。
生きるためには働く必要がありますが、友人や家族、パートナーとの時間も仕事と同じくらい重要です。 人間関係には、仕事上の対人関係、交友関係、家族やパートナーとの関係の三つの関係があるとされていますが、この三つのどれか一つだけにエネルギーや時間を注ぐのは望ましくないと言われています。
実際、友人や家族と過ごす時間を犠牲にしてまで働くことを良しとする人は少ないでしょうが、友人や家族と過ごす時間は減らせると考え、家族からの批判を承知で仕事を優先するという人もいるでしょう。
この三つを両立させるのには、どうすればいいのでしょうか。
「家族のために仕方なく働いているのだ」と考える人もいるでしょうが、そのような人は、仕事の時間を減らそうとすることのストレスと家族や友人との時間を天秤にかけた上で、仕事が忙しいことを友人や家族を大切にしない理由にしているとも考えることが出来ます。
しかしながら、仕事の時間は調整可能です。 それができないと思うのは、一生懸命仕事をすることで「これだけ頑張ったのだから、たとえ結果を出せなくても仕方がない」と自分を納得させたいからということも言えます。
また、始める前から、ネガティブなことを言ったりするのも失敗に対する不安を解消するための保険そのものなので、これも同じ心理状態と言えます。
ワークライフバランスを考えた時に、大切なことはプライベートライフになります。そのためにも、一日の中で少しでも「プライベートな時間」を意識的に確保することが重要なのです。
そもそも、 プライベート (private) という言葉の語源はラテン語の「privare」からだとされていますが、「奪う」という意味があります。
言い換えれば、 プライベートな時間は「奪い取る」必要があるのです。ただし、「仕事の時間を減らして、友人や家族との時間に「充てる」という意味ではありません。「自分のための時間」は、仕事の時間、友人や家族との時間から「奪う」のではなく、時間の「質」を変えることで「作り出す」ことが必要なのです。
ワークライフバランスとは、仕事や交友関係、家族との付き合いにおいて時間とエネルギーのバランスを取ることを意味します。 しかし、それぞれを「ほどほど」にするのでは充実したプライベートライフにはつながりません。だからこそ、仕事中は仕事に集中し、遊ぶ時は仕事を忘れる。その「切替え」が重要なのです。
例えば、「今晩、子どもの誕生日だから、家族と一緒に会食の予定がある・・・。」というような時は、前もって計画的に仕事を整理し、時間通りに終わるように段取りをするし、場合によっては、周りの仲間にも理解や協力をしてもらうようにするのではないでしょうか。
大切な人や家族との時間を大切にしたいからこそ、スケジューリングを重要視する必要があるし、頼り…頼られる関係性としてのチームワークが必要となってくるのです。
その一方で、単身赴任の上司が、子育て中や介護がある部下に対して頻繁に食事に誘うということがあるとします。このような状況は、「私は、大切にしたい相手は居ないから…関係ない」という人が、一定の権威をもって他者のプライベートに介入すると感じる場面もあるかもしれません。
その結果チームワークはバラバラになり、チームとしてのまとまりは愚か、結果を出せないチームになってしまうのではないでしょうか。
もちろん、子育てや介護というような時期だからこそ息抜きしたいということもありますので一概には言えませんが、その息抜きをしたい相手としてふさわしいかは、普段の関係性によりますし、もし、仮に大切にしたい相手が居なくても…そういう想いを大切にしている人が居ることを認め、自身も未だ気付いていない存在に気づくキッカケにすれば良いだけなのです。
ワークライフバランスの3つのアプローチにつながる動機としてのプライベートライフはもっとも大切にしないといけないもののひとつなのかもしれません。
2025年03月07日
腸内細菌叢とメンタルヘルス「パーキンソン病に関する研究事例」

メンタルヘルスと腸内細菌叢との関係については、脳腸相関に関する研究事例の多さとともに関心が高まりつつあります。
また、様々な研究事例の中で、メンタルヘルスに関わる多くのケースに於いて便秘や下痢などの便性異常が認められていることからも腸内環境を整えるという逆説的なアプローチによってメンタルヘルスに対するアプローチについての研究も進みつつあります。
また、神経変性疾患の一種であるパーキンソン病について、世界では400万人以上の罹患者がいると言われており、快感や意欲、運動調節などに関係する脳内ホルモンのドーパミンの減少や動作緩慢などの運動症状をはじめ、自律神経機能障害、睡眠障害、うつ病、認知機能障害などの非運動症状があることで知られている疾患です。
また、多くの場合、 運動症状よりも非運動症状の方が患者のQOLに対する重大な影響を及ぼしているとも言われており、なかでも特徴的な症状としてパーキンソン病患者の約半数が便秘を患い、 57~67%が排便困難を経験しているとの報告もあります。
また、便秘がパーキンソン発症リスクを2倍にする可能性が示されており国際パーキンソン病・運動障害疾患学会では、便秘をパーキンソン病期の調査基準の前駆症状マーカーの一つにもしています。
さらに、腸内細菌叢の状態ということからすれば、腸内細菌叢のディスバイオーシスとの関係性が示唆されており、パーキンソン病患者の30~50%の小腸内細菌増殖異常症の症状が見られるという報告もあります。
パーキンソン病における細菌叢への介入に関するエビデンスに関しては、現在のところ不十分とされているものの、 プロバイオティクスが、細菌叢構成を変化させ、消化器機能を改善し、パーキンソン病に対しメリットをもたらす可能性のある有用なツールとなり得るという仮説のもと、上海交通大学医学院附属瑞金病院 神経内科 神経科学研究所アソシエイト・リサーチフェローである楊 曉東氏によるバーキンソン病患者を対象に実施した、プロバイオティクスの介入研究をご紹介させていただきます
便秘を有するパーキンソン病患者を対象に128例の被験者に対しプロバイオティクス群またはプラセボ群に無作為に分類した無作為化二重盲検プラセボ対照試験において、 臨床応答、 腸内細菌叢、そして便中代謝物に対するラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株摂取の影響を2週間のベースライン期間および12週間の摂取期間での状況に対して、消化器症状、その他非運動症状、 腸内細菌とその代謝物の変化について調査したものです。
ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株12週間摂取の結果、 非運動症状評価尺度 (NMSS) スコアによる評価法では、非運動症状の改善が認められ、うつ病および不安評価尺度に関するスコアの低下につながったということが示されたと同時に、摂取後、プロバイオティクス群では血漿中L-チロシン濃度が上昇し、その変化はプラセボ群よりも顕著に高いという結果になりました。
L-チロシンは、タンパク質を構成するアミノ酸の一つでドーパミンやノルアドレナリンの前駆体の働きをすることでドーパミンの原料となると考えられています。
また、ドーパミンは、ストレス状況下でも気分が改善したり、注意力が散漫になるのを防いだりし、幸福感をアップさせてくれるホルモンとして知られており、気分の安定やモチベーションの維持に役立つホルモンです。
つまり、L-チロシン不足で、適切なドーパミンが産生されず無気力になってしまったり、うつ症状にもつながってしまうのです。
今回の実験では、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株摂取後、プロバイオティクス群では血漿中L-チロシン濃度が上昇し、その変化はプラセボ群よりも顕著に高いということが明らかになりました。
このことは、ラクトバチルスパラカゼイ・シロタ株の12週間の摂取が、幸せホルモンのひとつであるドーパミンの前駆体であるL-チロシン濃度の上昇につながることで、パーキンソン病患者のメンタルヘルスに関する問題を軽減し、全般的な生活の質を改善させる可能性があることを示唆しています。
脳腸相関という考え方が進むにつれて、メンタルヘルスとプロバイオティクスの関係性は益々関心が高まりつつあります。
そのような中での今回のようなアルツハイマー病とプロバイオティクスの関係についての知見によって、予防医学としての日常的な生活習慣につなげることも出来ることのひとつなのかもしれません。